人類は今、これまで見失われていたもの、本来自分たちが何者であったのかに気づく目覚めのときを迎えています。
その中でも、女性たちが本来の自分たちの力、母性の力に気づき、行動を起こしていくことが、危機に瀕している地球を救う道筋をつくるのです。

もっとも大切な3つのこと
私たちがどういう存在で、何のために生きているのかということに本当の意味で気づいたなら、私たちの生き方は大きく変わってくるはずです。

月意識セレニティからのメッセージ

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CONTENTS

もっとも大切な3つのこと

神の愛によってつくられた宇宙の法則・神理(しんり)。 その基礎となる3つのことを、わかりやすくご紹介します

金星の法

金星の法は、地球人類史上初めて明かされた宇宙の根本法のひとつです。女性性の本来の意味についてお伝えします

スピリチュアルメッセージ

レムリア・ルネッサンスのアマーリエを通して伝えられた、女神様方のメッセージをお届けします

アマーリエ講演録

アマーリエが女性たち・母親たちへ向けて行った全12回の講演「女性がしあわせになるために」をご紹介します

お悩み相談Q&A

いろいろな悩みにアマーリエがお答えした内容をご紹介します

スタッフブログ

このサイトを運営するスタッフが、神理のメッセージとともに、日々の生活の中で感じたことを週替わりで投稿しています

UPDATE

スタッフブログ

出産

「出産におきましても、男女の出会いにおきましても、すべて神のご意志に組み込まれた中にあります。 出産による痛みも、もし安易に産んでしまったのならば、どうでしょう。今でもあれだけ痛い思いをして十月十日抱えて産むにもかかわらず、子どもを平気で捨てていき、殺してしまう母親たちが、今います。 あの痛みがなかったなら、もっともっと安易に子どもを産んで、イヌ・ネコのように産み捨てることでしょう。あの痛みにも意味があるのです。」 (玉依媛命) 以上、徳間書店より出版の「アマテラスの祈り」(アマーリエ著)(玉依媛命)P225~P226より転載 皆さま、こんにちは。 レムリア・ルネッサンスの宇佐見祐加と申します。 私は0歳児を育てている主婦です。 「出産は痛そうでこわいな。私に耐えられるのだろうか」 幼い頃からテレビで出産シーンを見るたびにそう思っていた私は、帝王切開を経験しました。 出産は、鼻からスイカを出すようなものと言われるくらい痛みを感じるものです。 帝王切開は麻酔をするので痛くないと思われていることもあるかもしれませんが、お腹を切るので術後は痛み止めを飲んでいても痛いです。 術後の翌日には血栓予防のために、痛みに耐えながら産院の中を歩く必要があり、またお腹を切った痛みの他に後陣痛による痛みも加わります。 一人ひとり身体は違い、痛みにも個人差がありますが、いずれにしても出産は痛いことには変わりありません。 私の場合は、妊娠中に大きくなってしまった子宮筋腫が産道を塞いでいて、出産の際に赤ちゃんが苦しくなってしまう可能性が高いということで、赤ちゃんのためにも帝王切開をすることになりました。 麻酔を打ちましたが、あまり効いていない状態でした。 赤ちゃんがお腹の中にいるので追加の麻酔を打ってもらえずに、そのままの状態で赤ちゃんを取り出すことになりました。 お腹を切られるのも痛かったけれど、それ以上に赤ちゃんを取り出すことが痛くて仕方ありませんでした。 本当に痛くて、泣き叫びながらの出産になりました。...

自分を守らないこと

「だから、とにかく裸になっていく。この間から何度も言われていることですが、自分を守らないでいようとすることが、最も早く強くなっていく、進化していく道だということです。恐怖心を持って、いろんなものから自分を守ろうとか、欲の中で自分だけが、という思いで自分を飾ろうとすると、進化発展が遅れてしまうのです。 だから、ほんとうに愛一色に―――。それが神の子であるということなのです。」(アマーリエ) 以上、徳間書店より出版の「アマテラスの祈り」(アマーリエ著)P249より転載。 こんにちは。レムリア・ルネッサンスのたまきと申します。 私は一時期、主人の仕事の関係で海外で暮らしていたのですが、しばらくの間ほとんど言葉がわからず、ひとりで外に出るのも人と会うのも不安でとても憂鬱でした。 引っ越した当初4歳だった息子もやはり言葉には困っており、現地の幼稚園に通い出したばかりのころは「みんなが何を言っているかわからないから幼稚園に行きたくない」と言って泣いたこともありました。 でも息子はそれからどんどん言葉を覚えていきました。 「すごいなぁ」と思って見ていると、息子は不格好でも間違っていても、誰かが聞いていても誰もいなくてひとりのときでも、かまわずよく喋って遊んでいました。 その一方で自分自身を振り返ってみると、私は「うまく話せない」とか「間違えたらいやだな」、「通じなくて返事がもらえなかったらどうしよう」と、そんなことばかり考えていつも話すことから逃げていました。 そして当然ですがあまり進歩もありませんでした。 そのとき私は、それまでもずいぶんこうして失敗や間違うこと、傷つくことを恐れて自分を守っていたんだなということに気がつきました。 今思うと、無意識のうちに枠からはみ出すことを恐れ、それでも自分自身でありたいという思いとの葛藤の中で動けずにいたのかもしれません。 でもこの神理と出会えたことで、 ありのままの自分というものを信頼して表現していきたいと思うようになりました。 それから、拙い言葉でも少しずつ周りの人にあいさつをしたり、話かけてみたり、できることからするようにしてみました。 そうしているうちに、以前なら人から声をかけられないよう、逃げるように近所の前を通り過ぎていたのが、人と会って話をすることが次第に楽しくなっていきました。 また、満足に話せなかったとしてもあまり気になら

私たちは神の愛に生かされている

「魂は永遠であるということ。  死ぬことは少しも怖くないのであるということ。  幾転生を通しながら、人びとは学び、幾つかの過ちをしても、過ちがあるからこそ人間であるのであると。  過ちを、その人の欠点も含んで、神は愛されているからこそ、この永遠の命を与えたもうているのであるということ。  それほどに神の愛というのは、慈悲というものは、深く大きいものであるということ。  その大きなる神の愛に、我々は生かされている神の子たちであるのだということ。」(マイトレーヤー)   以上、きれい・ねっとより出版された「スピリチュアルメッセージ集52 マイトレーヤー」(アマーリエ著)P37より転載。   こんにちは。 レムリア・ルネッサンスの、いちごと申します。   神理を学んでいると「神の愛によって生かされている」と色々な方の霊言に書かれています。 それを頭では理解できても、心から実感するということがなかなかできずにいました。   思春期の頃の私は、実はあまり良い子ではありませんでした。 学校で禁止されていることや、親が困ると思うことをやるのが、わりと好きでした。 例えば、禁止されていた自転車通学を行ったり、学校や塾をサボったり、というようなことです。 今思えば、親の関心を引きたかったのかもしれませんが、当時は冷静に自分の心と向き合うことは考えもせず、「自分がやりたいことをやるんだ」と思っていました。...

愛のキャンドルサービス

「あなた方の人生の中で、自分自らを高めると同時に、自分が与えられたことの中で、ささやかなことでもいいから、より恵まれない方がた、そして、迷っておられる方の何か一筋の力になりたい、他者を一人でも幸せにしていきたいのだというその思いの中で、ひとつでもあなた方が行動を起こしたときに、愛のキャンドルサービスは始まるのです。」(聖母マリア) 以上、きれい・ねっとより出版の「スピリチュアルメッセージ集65 聖母マリア」(アマーリエ著) P26より抜粋いたしました。 こんにちは。レムリア・ルネッサンスの飛鳥と申します。 「私たちはこの世に愛を学ぶために生まれてくる」ということを、レムリアのメッセージの中で何度も言われています。そしてそれは、行動・実践の中でしか本当の意味で学ぶことはできない、ということも言われています。 私は今の職場に勤め始めてから、約20年近くになります。パート勤務なので出勤日数は少ないのですが、気づくとかなりの歳月が経っていました。 最初にパートを始めてからの7年間は、私はまだ神理のことは何ひとつ知らず、職場に対しての不満とか、上司に対しての不満がいろいろありました。 ある日、会社の都合で退職をしてほしいと言われました。 私は会社を辞めたいという気持ちが以前からあったので、すぐに退職することに同意しました。 専業主婦として、精神的にも肉体的にも自由な生活を送っていたころ、私はレムリア・ルネッサンスの書籍と出会いました。 そこには「愛のキャンドルサービス」という初めて聞く言葉が何度も出てきて、私も何か行動したいという気持ちになっていきました。 私には子どもがいなかったので、仕事をして社会貢献したいと思い、職探しをしていました。 そんなときに、会社都合で退職した職場から声がかかり、3年ぶりに職場復帰することになりました。 職場は以前と全く変わっていませんでした。昔やっていた仕事は1週間で思い出しました。 ただ、私の心の中は以前と大きく変わっていました。 不景気で世間では職がないと騒がれているときに、働く場所を提供していただいたことへの感謝と、小さな仕事かもしれないけど誰かの役に立てるという喜びでいっぱいでした。 以前の私ならなるべく面倒な仕事には関わらないでおこう、と思っていたのが、人がやりたがらないことでも積極的にやるようになりました。そしてみんな神の子であると

ささやかな一歩から

「あなた方だって自分自らが神の子であるということを気づかずに、神が宇宙の中でこのように無限の時の中で、ただただ黙って酸素を、ただただ黙って神の太陽の光を与えて私たちを育んでくださったことに、全く恩知らずなあなた方であったではありませんか。 それであるにもかかわらず、神はただただ無償に愛というものを投げかけ、あなた方を育んでこられ、あなた方が進化発展するためにその環境を整えてこられ、そのために祈りをもって、あなた方をこの世に生み出してくださったのです。(中略) 愛は循環するのです。 その方に与えた愛をもって、その人からだけ返してもらおうと思うから、苦しみがわくのです。 ほかの人たちを赦しなさい。そして、あなたの愛を求めている人は、数々の方たちがあなた方の身の周りにいるはずなのです。 できることからしなさい。無理はしなくていい。無理をする必要はない。 でも、あなた方がやれるささいなことはたくさんあるはずなのです。毎日行き交う人ににっこりと笑って、『おはようございます』、『こんにちは』と言うことも愛の一歩でしょう。」(アモール) 以上、きれい・ねっとより出版の「スピリチュアルメッセージ集59 アモール」(アマーリエ著) P47~50より抜粋いたしました。 皆さま、こんにちは。 レムリア・ルネッサンスの彩花(あやか)と申します。 私は、両親と弟が一人という家庭で育ってきました。 しかし、家庭では会話もなく、私は家族との仲はよくありませんでした。 でも、心のどこかでこのままでいいのかと悩んでもいました。 そして30歳頃のある日、この霊言にふれました。 「神が宇宙の中でこのように無限の時の中で、ただただ黙って酸素を、ただただ黙って神の太陽の光を与えて私たちを育んでくださった」という一文を読んで、私は誰からも愛されていないと思っていたけれど、神様からは愛されているのだなと思いました。 また、「できることからしなさい。無理はしなくていい。無理をする必要はない。」、「『おはようございます』、『こんにちは』と言うことも愛の一歩でしょう。」とありましたので、私もこれならできるかもしれない、できることから愛を表現してみようと思いました。 私の家庭は会話がありませんでしたので、普段挨拶をすることもなかったのです。...

感謝

「一生真っ暗な闇の中で閉ざされ、光を見たことのない者が、光り輝ける素晴らしい、美しい自然界の姿を見たときの感動。耳も聞こえぬ、ほかの方がたの声も聞こえぬ、音のないサイレントな世界の無音な世界の中で、何の声も聞こえない孤独の中に閉じ込められていたときに、一筋の小鳥のさえずりを、波の、さざ波の音を、木々の風の吹き抜ける音を聞いたときの感動を、あなた方は味わったことがありますか?  あなた方はあまりにもそういう幸せに慣れすぎていて、感動することを、感謝することを忘れている。幸せというのは何かをつかまえたり、物質的なものをつかまえたからといって幸せがあるのではないのです。自分がおかれているささやかなことでも感謝し、それを感動をもって、人生の中で愛を人びとに振りまいて、神に感謝して、自らの神の子としての生きざまを、人生をかけて精一杯生き抜いていった者には、たとえどんなにみすぼらしく見えた生涯があったとしても、本人の心の中は、幸せと感動で、震えているのです。」 以上、きれい・ねっと 出版「スピリチュアルメッセージ集51 ヘレン・ケラー」(アマーリエ著)  より抜粋致しました。 皆さまこんにちは、レムリアルネッサンスのミオと申します。 私は切迫早産のため、約5か月病院での入院生活を送ったことがありました。 立っていいのはトイレと洗面のみ、そのほかはできるだけベッドで横になっていました。本などは読むのですが、それ以外の行動はできず、お腹の赤ちゃんの成長に一喜一憂する日々でした。 そんな毎日の中で喜びだったのは、美しい夜空、雲の形、雪など、窓の外の変化を見ることでした。普段元気に歩きまわれるときはなんの感謝もなく当たり前の光景でしたが、自由に動け、いろんなものを見ることができるということは、本当にありがたいことなのだと思いました。 妊娠期間が進んでくると、稀に主人に車椅子で押してもらいながら病院の売店に連れていってもらえました。病院の玄関を出て、新鮮な空気を吸ったとき、本当に心地よく、早く無事に退院して新鮮な空気をずっと吸っていたいと思いました。  入院中、お腹の子のために体はあまり動かすことができず、自分がふだん元気に健康に動けることのありがたみを感じました。また、看護師さんや医師の方がたに本当に毎日お世話になり、自分ひとりで生きているのではなく、周りの人から助けられ支えていただい
子育て中の女性へ