人類は今、これまで見失われていたもの、本来自分たちが何者であったのかに気づく目覚めのときを迎えています。
その中でも、女性たちが本来の自分たちの力、母性の力に気づき、行動を起こしていくことが、危機に瀕している地球を救う道筋をつくるのです。

もっとも大切な3つのこと
私たちがどういう存在で、何のために生きているのかということに本当の意味で気づいたなら、私たちの生き方は大きく変わってくるはずです。

月意識セレニティからのメッセージ

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CONTENTS

もっとも大切な3つのこと

神の愛によってつくられた宇宙の法則・神理(しんり)。 その基礎となる3つのことを、わかりやすくご紹介します

金星の法

金星の法は、地球人類史上初めて明かされた宇宙の根本法のひとつです。女性性の本来の意味についてお伝えします

スピリチュアルメッセージ

レムリア・ルネッサンスのアマーリエを通して伝えられた、女神様方のメッセージをお届けします

アマーリエ講演録

アマーリエが女性たち・母親たちへ向けて行った全12回の講演「女性がしあわせになるために」をご紹介します

お悩み相談Q&A

いろいろな悩みにアマーリエがお答えした内容をご紹介します

スタッフブログ

このサイトを運営するスタッフが、神理のメッセージとともに、日々の生活の中で感じたことを週替わりで投稿しています

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スタッフブログ

結婚愛は愛を実現する貴重な場

「いかなる相手であれども、一度自分が結婚して、神より与えられたパートナーであるのならば、その方を心から愛し、その方のためにともに尽くし合い、二人で愛というものをこの地上に花咲かすために実現させる場として、結婚愛というのは実にすばらしい、ともに魂を修行し、愛を実現する場としてはかけがいのない貴重な場として、わたくしは神がおつくりになられたのであると、わたくしはそのように思います。」(マリア・テレジア) 以上きれい・ねっとより出版された「スピリチュアルメッセージ集68 マリア・テレジア」(アマーリエ著) P32より転載。 皆さま こんにちは レムリア・ルネッサンスの「なまる」と申します。 私は18年前に主人と結婚しました。主人はとても明るく楽しく、決断力のある頼もしい男性で、私は大好きでした。でも、言葉のすれ違いからケンカになると、主人は暴言をはくことが多く、私はその言葉に傷ついてきました。私は主人から愛されていないのではないかと思い、不安と悲しみと寂しさから、心が病んでしまったこともありました。 私は霊言に出会うまで、自分が不幸であるのは、すべて主人のせいであると思っていました。でも、本当にそうなのだろうか。私の考えが間違っているのではないかと思うようになりました。自分のことばかり考えていて、主人の気持ちを考える余裕がありませんでした。毎日、仕事で働いてくれることも当たり前のように思っていたのです。愛を求めてばかりいた自分を反省しました。 それからは、愛を求めるのではなく、自分から主人へ愛を与えるようにしました。心を込めて料理を作ったり、楽しい話題を探したり、主人が心地よく過ごせるように気を配ってきました。私が変わることで、主人も変わってきたように思います。 先月、久しぶりに夫婦だけで外食をする機会がありました。いつもはファミリー向けの手軽なお店ですませるのに、その時はずいぶんしゃれたお店に主人が連れてってくれました。 主人に聞くと、前から気になっていて、いつか一緒に行けたらいいなと思っていたということでした。主人はシャイなので「愛してる」などと言えるような人ではないですが、不器用ながら、私への感謝の気持ちを表してくれたのかなと心が温かくなりました。 主人と暮らした18年間、悲しいこと、苦しいこともありましたが、今は懐かしい思い出です。うっかりもので、何かと至らない私

愛の表現者であること

「そのアイマスクをどけてください。 手に持っているその鎖を捨ててごらんなさい。 あなたの目に何が映りますか。 美しい太陽の姿が。 美しい星々が。 美しい大自然の山が。 緑の風のざわめきが。 小鳥たちのさえずりが。 子どもたちが無心に遊ぶかわいらしい声が。 犬たちが猫たちが、ともにじゃれ合う姿が、まだまだ聞こえてくるのがこの地上ではないでしょうか。 それを見ることができ、聞くことができ、触ることができ、その感動の中で、今命を与えられたということをどうか感謝し、今のときというもの、たった数十年の時なのです。 その1日1日のこの大事なときというものを、両手の間からすべて無駄にすることのないように、人生を生きていただきたいと思うのです。」 (ヘレン・ケラー) 以上、きれい・ねっとより出版された、「スピリチュアルメッセージ集51ヘレン・ケラー」(アマーリエ著)p57~58より転載致しました。 皆さま、こんにちは。レムリア・ルネッサンスの愛美(あいみ)と申します。 私には1歳年下の妹がいます。その妹が結婚し娘を出産しましたが、子どもは心臓に先天性の病気を持っていました。命が助かるかどうかもわからないほどの重篤な状態でした。すぐに数時間に及ぶ大手術を受け、なんとか一命を取り留めることができましたが、姪(めい)は心臓に障害をかかえ、運動や食事などの制限を受ける生活を余儀なくされました。 当時、妹は娘の将来を心配し、とても悲しんでいる様子でした。しかし、姪は、そんな母の思いをよそに、自らの障害にとらわれることなく、明るく育っていきました。昨年、実家に帰省したときに、中学生になった姪に「将来の夢は?」と聞くと、「私は、お医者さんに命を助けてもらった。今度は私が病気の子を治してあげたい。だから、お医者さんになりたい」と生き生きと話してくれました。 その後、姪から聞いた話を妹に伝えると、妹は「辛い時期もあったけれど、子どもが小さな頃から医者になりたいという夢を持ち、その夢に向かって努力し続けている姿を見て、自分も変わらなければならないと思った。どんな境遇にあっても、与えられた環境で前向きに生きていくことの大切さを学んだ」と教えてくれました。 私は、子育てに悩みを抱えて過ごすことも多かったのですが、子の生死の心配をせずにいられるだけでも感謝しなければならないと気づかされました。そして、困難な...

みんな違うからすばらしい

「大宇宙っていうのは音を発している。そのようなひとつの響き、バイブレーションの、ものすごいシンフォニー、コラボレーションというのがあってね。その中においていろんな、ドレミファソラシドとかって音があるでしょ。あなたたちがわかる以上の音がある。その中でそれぞれが、みんなハーモニーを奏でているんだよ。ドがドであるからすばらしい。レがレであるからすばらしいんだけれども、ドが絶対的であると、自分が絶対にドがすばらしいんだと、言い張ったら交響曲でも音楽でもぶち壊しだろう?ドもすばらしいけども、レもミもファもソもラもシも全部すばらしいんだよっていう、その寛容さ。それを受け入れていくおおらかさ。それが愛そのものであるということ。その寛容さ、それ だけのトータルな視野、ものの見方、それを受け入れていく大きさ、忍耐力、優しさ、寛容さ、それを全部ひとつの言葉で言うなら愛というんだ。」(高橋信次) 以上、きれい・ねっとより出版された「スピリチュアルメッセージ集61 高橋信次」(アマーリエ著) p24より転載。 こんにちは、レムリア・ルネッサンスの「小梅」と申します。 私は子供の頃から友達関係や対人関係によく悩んでいました。みんなと仲良くなりたいと思うのに私の生真面目な性格やおせっかい、または調子に乗り過ぎた発言でその場がしらけてしまったり…。「ああ、またやってしまった…」と自己嫌悪におちいることがよくありました。そのため周りの反応がなんとなくいつも気になっていました。 おそらくつい自分中心な発言や行動をとってしまい、周りの人の気持ちを考えられていなかったのだと思います。以前は自分はもしかしたら宇宙人だからみんなと馴染めないのではないかと現実逃避をしたり、被害妄想になっていた時もありました。一人でいる方が楽だと開き直ったりもしていました。 そんな時にこの霊言を読んで「全部すばらしいんだよ」という言葉に少し気持ちが楽になりました。色々な性格の人がいて、それぞれに長所や短所があると思います。その中でぶつかってしまうこともありますが、短所も受け入れて赦して、こんな自分でも神さまの子供なのだから生かされていることに感謝をし、自分を大切にしようと思いました。人それぞれに役割も違います。みんな違うからすばらしいのだと思います。他人と比べて落ち込むのではなく、出会えた人たちと関わる中で、自分にはない部分を

自分自身に正直に

「正直であるということ。ありのままの神からつくられた自分の姿に正直に、そして感謝をして生きること。何を努力するわけでなく、もし勇気を持ち努力するのなら、『むき出しの自分として人の前に出るということを、勇気を持って踏み出しなさい』ということを私は言いたい。」(老子) 以上、きれい・ねっとより出版の「スピリチュアルメッセージ集66老子」(アマーリエ著)P60より転載。 皆さまこんにちは。レムリア・ルネッサンスの、ことりと申します。 私は物心ついた時から、自分の気持ちよりも、周囲の人々が納得する「正しさ」を意識して人生を生きてきたように思います。例えば進学の話で言えば、芸術系の高校を諦め普通科へ行き、専門学校に惹かれていながら、周囲に合わせて大して興味のない大学へ進学しました。 無理をしているつもりはなかったのですが、やはり自分の気持ちに嘘をついていたからでしょうか、高校大学時代は毎日無気力で、暗い学生生活を送りました。 その後何とか大学を卒業し、やっと以前から興味を持っていた演劇と歌の勉強を始めました。が、今度は定職に就かなかったことで、両親に対して後ろめたく感じ始めました。両親の期待に応えられていない罪悪感と、結果を出せずにいる焦りがありました。 そしてその内、自分が何をしたいのかも、よくわからなくなっていきました。なんだか過去の夢を今の自分が無理やり追いかけているような気がしてきたのです。そして現状では心が喜んでいないと気付きながら、一方で「手ぶらでは帰れない」という思いがあり、身動きがとれなくなっていきました。 そんな日々が続き、とうとう精神的にも参ってしまったある時「このままではいけない」と思い、自分自身と真剣に向き合うことにしました。そして思い切って、自分が本当に望んでいること以外の全てを、やめることにしました。 まず、演劇の勉強と所属していた事務所を辞めました。そしてアルバイトを辞め、恋人と別れ、友人たちとも離れました。 ただ一つ、好きだった歌うことだけはどんな形でも続けようと決め、それ以外は手放したのです。 何か当てがあったわけではありません。でも不思議とためらいはありませんでした。初めて周囲の意見や期待を意識せず、自分の本当の心と向き合えた気がしました。 今思えば、それが人生の転機でした。 その後多くの素晴らしい友人たちと出会い、また現在の夫とも出会うこ

愛とはさせていただくもの

「愛をなしていくこと、愛をもって介護とかのお手伝いをさせていただくということ、そのような場を介護というもので、寝たきりの状態で与えてくださっているということ。それを介護することは、辛いことも多いかもしれない、一人で背負い込んでしまったらたいへんかもしれない。でも一人で背負い込まずに、いろいろな人に相談しながら、介護する方ががんばっていく中で、深い深い愛する愛というものを学ばれるのです。それが、お互いに勉強になっていくということなのです。」(木花開耶媛命) 以上、徳間書店より出版の「アマテラスの祈り」(アマーリエ著)P189より転載 こんにちは。レムリア・ルネッサンスのたまきと申します。 私が大学生のころ、母は身体にがんが見つかり手術と化学療法を受けました。 がんのなかでも珍しい種類であったことや当時発見が遅れたこともあり、その後もしばらく検査を続けて経過を見守っていましたが、幸いにも母は何事もなく順調に回復していきました。 「5年以内に再発がなければ安心して大丈夫」と医師から言われていたこともあり、本人も自分ががんを患ったことなど忘れかけていたころのこと、手術を受けてから9年目にして母の病気は再発しました。 結婚して家を出ていた私が連絡を受けて実家へ戻ると、以前より痩せた母はまだ仕事を続けてはいたものの、仕事と食事以外のときはほとんど横になっていました。 それから次第に、起きあがることも辛くなり、食べることが好きだった母も、食事に好き嫌いが出てくるようになりました。 動けない母に、私はストレッチやマッサージをしてあげたり、体を拭いたり、食事を運んだり。 母から離れているときも、何をしたら良いのかいろいろ調べてみたり、「あれが食べたい」と言われたら買い物に出掛けたりしていました。 そんな生活がしばらく続いていたのですが、母の体調の悪化とともに、私自身、自分の時間も精神的なゆとりもなくなっていきました。 そんなとき、「愛というのは謹んで捧げさせていただくもの」という神理の言葉を思い出しました。 それまで親に育ててもらうことを当たり前のように思い、きちんと感謝を伝えたこともなかった私にとって、この介護は、愛を返す、与えさせていただくありがたい機会なんだということがわかると、少しずつ感謝の思いで接していくことができるようになりました。 母はもともと「人に迷惑をかけたくない」

神様から一時お預かりした神の子

「子どもは子どもとして、神より与えられた大事な大事な宝です。一時お預かりし、「子どもは子宝」と言いますけれども、子どもは授かったのならば、それを育て上げて羽ばたかせ、一時お預かりしたお預かりものであるという気持ちで、魂を受け入れねばなりません。そして、あるがままに受け入れ、あるがままの個性を、魂を受け入れ、愛の中で、無償な無私の中において育み育てるという、それが女性の使命であるのです。」(日向) 以上きれい・ねっとより出版の「スピリチュアルメッセージ集60 日向」(アマーリエ著)P25より転載 皆様こんにちは、レムリア・ルネッサンスの「うさぎ」と申します。 私は0歳児を育てている主婦です。 「私たち夫婦のもとに、赤ちゃんが来てくれた!」 妊娠したことが分かった日、私たち夫婦はとても嬉しくて抱き合って涙を流しました。 妊婦検診も毎回楽しみで仕方ありませんでした。 妊娠中や出産時は少しトラブルがありましたが、息子を無事にこの世に産むことができ本当に嬉しかったです。 子育ては初めてのことばかりで戸惑い、この先本当にやっていけるのか、不安に押しつぶされそうになることもあります。 でも、私が少しでも子供から離れると、私を探して必死で泣いて訴えかける息子を見て、 「この子は神様から一時お預かりした尊い神の子。こんな未熟者の私のところに生まれてきてくれた。私を母親として選んでくれた。私を信じて、頼りにして生まれてきてくれたんだ。がんばらなきゃ!しっかりしなきゃ!」そう思い子育てさせて頂いています。 毎日少しずつ成長する息子を見て喜びを感じていたある日、「子どもが成長する姿を見て親が喜ぶように、神様は私たちの成長を喜んでくれているのではないか」と神様のお気持ちが少し分かったように思いました。 「私たちは神様から愛され生かされているんだ」そう実感し、涙が溢れてきました。 そうしたら今度は、今まで出会ったすべての人に対して感謝の思いがわいてきて、今まで許そう許そうとがんばってみたけれどどうしても許せなかった人のことも許せるようになりました。 息子はよく泣き、よく笑い、言葉にならない声でたくさんお話してくれます。 そんな息子が大好きで、愛しています。 息子の子育てを通して、私も成長する素晴らしいチャンスを与えられたと感じています。 これから子育てをしていく中で、神様から一時お預かりした息
子育て中の女性へ