人類は今、これまで見失われていたもの、本来自分たちが何者であったのかに気づく目覚めのときを迎えています。
その中でも、女性たちが本来の自分たちの力、母性の力に気づき、行動を起こしていくことが、危機に瀕している地球を救う道筋をつくるのです。

もっとも大切な3つのこと
私たちがどういう存在で、何のために生きているのかということに本当の意味で気づいたなら、私たちの生き方は大きく変わってくるはずです。

月意識セレニティからのメッセージ

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なでしこセミナー 7月22日(日)東京開催

「私はどうして女性に生まれてきたのかしら」と、ふと思ったことはありませんか。 私たちのほんとうの姿は魂で、永遠の命をもち、転生輪廻を繰り返しながら、さまざまな場所に生まれ変わっています。 あなたが女性に生まれたことも、この時代に、この地に生まれたことも、けっして偶然ではありません。ここでしかできない愛の学びをするために、あなた自身が選んだことなのです。

CONTENTS

もっとも大切な3つのこと

神の愛によってつくられた宇宙の法則・神理(しんり)。 その基礎となる3つのことを、わかりやすくご紹介します

金星の法

金星の法は、地球人類史上初めて明かされた宇宙の根本法のひとつです。女性性の本来の意味についてお伝えします

スピリチュアルメッセージ

レムリア・ルネッサンスのアマーリエを通して伝えられた、女神様方のメッセージをお届けします

アマーリエ講演録

アマーリエが女性たち・母親たちへ向けて行った全12回の講演「女性がしあわせになるために」をご紹介します

お悩み相談Q&A

いろいろな悩みにアマーリエがお答えした内容をご紹介します

スタッフブログ

このサイトを運営するスタッフが、神理のメッセージとともに、日々の生活の中で感じたことを週替わりで投稿しています

新着情報
玉依媛命からのメッセージ紹介動画を公開しました。

玉依媛命「家庭の愛を担当するのは女性」

<注意> なでしこルネッサンスホームページを模倣したウェブサイトにご注意ください。くわしくはこちら

UPDATE

スタッフブログ

幸せは目の前にある

みなさま、こんにちは。レムリア・ルネッサンスの未果(みか)と申します。  先日、知人から「最近のお気に入りなんだけど、良かったら聴いてみて」と、YouTubeにアップされている曲をいくつか紹介されました。その中に、私が10代の頃に流行った洋楽がありました。当時は、美しいメロディーと歌声に惹かれていましたが、日本語訳と合わせて聴くと、まるで自分のことを言われているようで涙がとまりませんでした。 その内容は、『若い頃は人がうらやむような生活を経験し素敵な恋もしたけれど、そこに留まらず、いつも幸せを求めて自分の居場所探しをした。でもほんとうの幸せは、パートナーと喧嘩したり仲直りしたり、子どもを抱きしめたり、そんな何でもない日常にこそあると今は分かるの』というものです。  以前の私は、仕事で成功し経済的に豊かになって贅沢な暮らしをしたい。そんな社会的地位や名誉、物質的なことにしか関心がありませんでした。様々なセミナーに参加したり、語学留学したり、自分磨きに明け暮れても、思い通りのものを手にすることはできませんでした。 その後、出産を機に仕事を辞め、しばらく育児に専念する道を選びました。社会から遠ざかった日々を過ごしていると、昔を思い出しては、「あの時、ああしておけばよかった。こうしておけば、もっと違っていたはず」と、今までの人生は失敗の連続だったと、暗い気持ちになることが幾度となくありました。  神理に出合い、私たちのほんとうの姿は永遠の命を持つ魂であり、愛を学ぶためにこの世に生まれてきていると学ばせていただきました。与えられた場で精一杯愛を成すことこそが大切であって、人生に成功も失敗もないということがわかりました。 何十年かぶりに聴いた懐かしい曲は、私の心に深く染みわっていきました。これまでずっと外側に幸せを追い求めて、自己実現に走っていたかつての私も、その場で精一杯生きていたんだと。「失敗だった」なんて、自己卑下しなくてもいいんだと、初めて自分自身を愛おしいと思うことができました。 「自分を愛せないひとは、ひとのことも愛せない」と言われていますが、自分を愛せるようになって、周囲の人びとに対して以前より優しい思いで接することができるようになったと思います。 日々の生活に当たり前のことなどなくて、愛を表現するかけがえのない時を、今いただいていることに、あらためて感謝の思いを

すべては愛を学ぶため

皆さま、こんにちは。 レムリア・ルネッサンスの彩花(あやか)と申します。 昔の私は、家族との関係がよくありませんでした。 なにをしても否定され両親から怒られるので家庭はやすらげる場所ではなかったのです。そのため家にいたくなかったので、仕事に逃げ、休日であったとしても朝から深夜まで出かけるというような日々を送っていました。 食事もいいかげんなものですませ、身体をまったく気づかっていませんでした。 そうして無理を重ねていたためなのか、あるとき急に嘔吐し呼吸をうまくすることができないような状態になり、もう生きていられないのではないかと思いました。それ以来外出することができなくなってしまい、家のなかでさえも動くのもやっとのような状態でした。病院には行きましたがよくはなりませんでした。 どうも自分の奥にある感情とずれたことを無理にしようとすると過呼吸発作や吐き気がおそうようでした。しかし、それまで自分の感情を無視した生き方をしていたので、表面的には自分の感情がまったくわからなくなっていました。感情がわからないので頭で考えて自分の気持ちにたどりつこうとして数時間かかることもありました。自分の感情がわかるとスッと過呼吸発作や吐き気がおさまるのでした。 それはまるで自分自身がどう感じているのか答え合わせをしているような状態でした。 いやおうなしに自分自身と向き合う時間が与えられたようでもありました。 自分の気持ちを大切にしようとした生活をしていると、2年、3年とたつうちに少しずつ体調も回復していきました。そして家の近所なら外出することも徐々にできるようになっていきました。外にでてみると太陽のあたたかな光が前と変わらずにあって、はげまされているような気持ちになりました。それから近くの図書館に行き、心理学の本やビジネス書などを読んで、自分の生き方や、仕事のやり方のどこを改善していけばいいのかヒントを見つけようとしていました。 そうして5年がたとうとするころ、近くの書店でレムリア・ルネッサンスの書籍に出会い、神理にふれました。 そこには、私たちは愛を学ぶために生まれてくるということが書かれていました。愛とは、感謝することや、ゆるすこと、そして愛を与えてこそ学べるものだともありました。 自分の人生を振り返ってみると病気をする前の私は、ただ生活のために働き、まわりに合わせようとして生きていた

仕事は愛を表現する場所

こんにちは、レムリア・ルネッサンスのレイです。 私の家の近くにおいしいコロッケ屋さんがあります。 約一年前に引っ越してきてから仕事が忙しくて二回くらいしか行ったことがありませんでしたが、もうすぐまた引っ越しをするので、離れる前にもう一度コロッケ屋さんに行きま した。 前に来た ときと同様に、一生懸命作られている姿が見えました。個人経営なのでしょうか、お店は広くはないのですが、暖かみを感じる店内です。 気さくに話しかけて下さり、引っ越す前にもう一度来たかったことをお話すると、とても喜んでくださいました。 注文する商品の一つ一つを大事に包んで下さり、品切れだったものにも、 出来る限り対応して下さいました。 ご自分のお仕事に誇りを持ってされていることがこちらにまで伝わってくるようで、買い物をしていてこちらまで嬉しくなりました。 今回のことで自分の反省もしていました。 サービス業で働いていましたが、自分はお客様の目から見て、どのように映っていたのか、お客様はどのような気持ちで帰られていたのだろうかと。 仕事をしながら時には心の中で、もう誰の顔も見たくないよと思っていたこともありました。 売り上げをあげたいとか、上司に怒られるからとか、仕事をしていてつい自分の事しか考えていないことがありました。しかし、その様なときはいつも幸せな気持ちなんてありませんでした。 本当に幸せを感じら れた時とい うのは、お客様の笑顔を拝見できたときです。喜んでいただけた時でした。 私たちが生まれてくる目的は愛を学ぶ為だとレムリア・ルネッサンスで教わりました。そして愛を学ぶというのは、愛を与えさせていただき、そこから一番愛を学ぶことができるということでした。 世の中には数多くの仕事があり、生計を立てる為にというのも勿論大切ですが、どのような職業に就いたとしても、周りの方の本当の幸せを考えながら仕事ができたら、お客様も、また働いてる側も幸せを感じられると思います。そして、それが仕事を通して感じられる本当の誇りとなってくるのだろうと思いました。...

両親のもとに生まれて

こんにちは。レムリア・ルネッサンスのミオです。  私は三人姉妹で、年頃になると父親から「誰かが家を継がないといけない」「婿をもらえ」「家を出たらだめだ」と言われていました。曾祖父の時代は資産家だったようですが、代が変わるにつれ、資産や継ぐべき仕事などはありませんでした。父は「姓」とそして自分の老後の心配をしていました。  父には娘の自由意思への配慮はありませんでした。家を継ぐかどうかは、その子どもが納得して選べばいいですが、子の自由意思に反して、強制的に人生が決められていくのは、子ども本人にとってとても苦しいものです。  子どもを育ててやった、だから親のいう事を聞き、面倒を見るのは当たり前、という気持ちで、子どもに見返りを求め、子どもの人生を親の自我自欲のための道具にしようとする父の姿からは、愛は感じらませんでした。  すべての子は神の子であり、永遠の魂を持ち、地上に愛を学ぶために生まれてきている、ということがわかれば、「子どもには子どもの自由意思があり、親子の縁で結ばれていても、魂としては別々である。その子の個性、才能が開花されますように、幸せになりますように」という気持ちで育てていけるようになると思います。  私の父も、母も、このような神理の知識はありませんでした。歴史や因習のなかで作られたルールの中で育ち、そして自分が受けたものを子どもにも同じように遵守させようとしたのでしょう。私たち姉妹は、それでは幸せにはなれませんでした。  私自身は、親からの純粋な愛を求め、人生に悲観し、なんのために生きているのかと悩み苦しんでいましたが、神理を知ることで、私は救われました。そして、私が両親を選んで生まれて来、だからこそ、神理にであえたことに感謝しています。特に父は私に人生について深く考えるきっかけを与えてくれたと思っています。そばにいるときは父の悪い面ばかりを見ていましたが、今は私をここまで育ててくれた父の愛情に感謝しています。  いま、私は子どもを育てる機会をいただいています。子どもの笑顔、成長が喜びであり、そして、将来どんな個性を輝かしていくのか、楽しみです。育児は綺麗事ばかりではありませんが、子どもに愛を持って、見返りを求めず、子どもの神性が花開くよう、愛ある家庭を築いていきたいと思います。  そして、私が神理を知って救われたように、世の中で悩んだり、苦しんだりし

子どもの成長を見守ること

皆さま こんにちは レムリア・ルネッサンスのなまるです。 私には息子が二人いますが、今日は現在、6歳になる次男についてお話をさせていただきます。 次男は赤ちゃんの時から発達がゆっくりで、歩くのも、言葉を話すのも、他の子どもたちよりも遅い子でした。 私は神理を学んで、私たちは神さまより作られた神の子であり、一人ひとりかけがえのない個性を与えられていると知りました。他のお子さんと比べて、自分の子の成長が遅いからといって、裁いてはいけないと学びました。 だから、次男の成長がゆっくりでも見守っていこうと思っていたのです。 ところが、主人が次男の様子を見ていて「この子はこのままでいいのか。年齢の割に幼すぎるぞ。きちんとしつけをしないといけないんじゃないのか」と何度か話してきて、私は動揺して、焦ってしまいました。今まで学んだ神理のことはどこかにいってしまいました。慌てて、幼稚園の先生に相談したり、ネットで調べたりしました。そして、長男と比べて、次男の不器用なところを心配したり、幼稚園でみんなと一緒にできないところを注意するようになってしまったのです。 ある日、次男が幼稚園に行く準備をしていて、ブラウスのボタンを思い通りにとめることができず、ぐずぐずし始めました。そして、とうとう「できない」とやめてしまいました。私が「いつもできてるじゃない」と声をかけると「できない、できない!」と言い出し、泣いてしまいました。「幼稚園のはじまりのお歌も上手に歌えない」「言葉がわからない」などと、今まで悲しかったことを、泣きながら話しはじめました。 「どうして幼稚園のお歌を歌えないの?」と言うのは、私が以前、次男に聞いてしまったことでした。次男の成長がゆっくりでも、見守っていこうと思っていたのに、いつの間にか長男と比べたり、他の子と比べて、できないことを責めて、次男の心を傷つけてしまっていたことに気がつきました。 私は自分の思いを反省して、次男に心の中で謝りました。そして、「大丈夫、大丈夫だよ」と次男を抱きしめました。「ほら、服も一人で着られるようになったじゃない。前はできなかったのに。すごいよ」と言って、「お歌もママと一緒に歌おう。そうしたら歌えるよ」と歌いだすと、次男の機嫌も良くなり、元気に幼稚園に行きました。 神理を学んでいても、頭でわかっていただけで、腑に落ちていなかったと痛感しました。次

未来の子どもたちのために

みなさまこんにちは。 レムリアルネッサンスのことりです。 先日ふとしたきっかけで「ちいちゃんのかげおくり」という絵本を読みました。 ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、 この物語は小学校の国語の教科書に長く掲載されている、戦争児童文学です。 私も小学生の時に学習しました。 私の記憶の中では、幼いちいちゃんとその家族が、記念写真を撮る代わりにかげおくりという遊びをする、というほのぼのとした印象だったのですが、 実際は、お父さんは戦地へ赴き、残されたお母さんとお兄ちゃん、そしてちいちゃんは戦火の中で、それぞれ命を失うという、とても悲しいお話でした。 特にちいちゃんは、お母さんとも離ればなれになってしまい、最期は一人で、焼け落ちた家で家族を待ちながら天へ旅立ちました。 改めてこのお話を読んだ時、涙がぽろぽろとこぼれました。 こんな風に孤独と不安の中で短い命を終えなければならないなんで、なんて悲しいことなんだろう。そんな子ども達が少しでもいなくなりますように…。 そう願わずにはいられませんでした。 この物語はフィクションですが、戦時中はちいちゃんのような子ども達がたくさんいたのだと思います。 そして今も、世界のいたる所で起きている争いの中で、ちいちゃんのような子ども達はたくさんいるのだと思います。 そう思うと胸が締め付けられるような気持ちがして、自分にも何か出来ることはないだろうか、と思います。 私は幼い子どもを持つごく普通の主婦で、世界を変えるような特別なことはできないかもしれません。 でも、もしそんな私にでも出来ることがあるとすれば、それは日々平和に家族揃って暮らしていられることに感謝することと、 子どもに、「どんな人も神から愛されている神の子で、みんな同じ地球という星に住む家族なんだよ」と、「地球に感謝しながら、みんなで愛し合って生きようね」と伝えることだと思います。 多くのお母さん方が、子どもたちにそう伝えることで、未来の地球は少しずつ変わっていくのだと思います。...
子育て中の女性へ