人類は今、これまで見失われていたもの、本来自分たちが何者であったのかに気づく目覚めのときを迎えています。
その中でも、女性たちが本来の自分たちの力、母性の力に気づき、行動を起こしていくことが、危機に瀕している地球を救う道筋をつくるのです。

もっとも大切な3つのこと
私たちがどういう存在で、何のために生きているのかということに本当の意味で気づいたなら、私たちの生き方は大きく変わってくるはずです。

月意識セレニティからのメッセージ

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なでしこセミナー 3月25日 大阪で開催!

「私はどうして女性に生まれてきたのかしら」と、ふと思ったことはありませんか。 私たちのほんとうの姿は魂で、永遠の命をもち、転生輪廻を繰り返しながら、さまざまな場所に生まれ変わっています。 あなたが女性に生まれたことも、この時代に、この地に生まれたことも、けっして偶然ではありません。ここでしかできない愛の学びをするために、あなた自身が選んだことなのです。

CONTENTS

もっとも大切な3つのこと

神の愛によってつくられた宇宙の法則・神理(しんり)。 その基礎となる3つのことを、わかりやすくご紹介します

金星の法

金星の法は、地球人類史上初めて明かされた宇宙の根本法のひとつです。女性性の本来の意味についてお伝えします

スピリチュアルメッセージ

レムリア・ルネッサンスのアマーリエを通して伝えられた、女神様方のメッセージをお届けします

アマーリエ講演録

アマーリエが女性たち・母親たちへ向けて行った全12回の講演「女性がしあわせになるために」をご紹介します

お悩み相談Q&A

いろいろな悩みにアマーリエがお答えした内容をご紹介します

スタッフブログ

このサイトを運営するスタッフが、神理のメッセージとともに、日々の生活の中で感じたことを週替わりで投稿しています

新着情報
2017.12.25 アマーリエ講演録 8. 美しいらせんのエネルギーの紹介動画を公開しました。くわしくはこちら
<注意> なでしこルネッサンスホームページを模倣したウェブサイトにご注意ください。くわしくはこちら

UPDATE

スタッフブログ

「永遠の時の流れからみたのならばこの肉体を持つ時などは、ほんとうにトータルしてもわずかな時なのです。 あなた方の大半は、天上界にいることのほうが長いのです。でも、この地上で肉体を持っているということ、そのことを思ったのならば、あなた方はこの地上での経験を無駄にしてはなりません。 地上は、自分の全人生をかけて愛を体現するところです。愛が何であるかということを、体を張って学ぶべきところなのです。」(墨子) 以上、きれい・ネット出版 スピリチュア・メッセージ集64巻(アマーリエ著) P31より転載致しました。 みなさま こんにちは。 レムリア・ルネッサンスの秋野稲穂と申します。 今月、仕事仲間のAさんが結婚を前提とした引越しのため退職することになりました。Aさんと私は親子ほど年が離れていますが、事あるごとに報告し合ったり、業者さんや店舗間との交流会を計画し、開催し合う仲でした。 出会いと別れ-。必要な時に必要な人と出会い、関わり合いながら経験と学びを重ね、やがて新たなステップへ進むために離れ離れになることがあります。別れのときは一抹のさみしさや不安を感じることもありますが、お互いにエールを交換し合い、希望に向かって歩み始めていきます。彼女と知り合って約3年。一緒に仕事をしたのは半年弱と本当にわずかでしたが、かけがえのない日々を過ごせたことに感謝しています。もしかしたら今世ではもう会うことはないかもしれません。しかし、お互いに人生を終えたあかつきにはあの世で再会し、よもやま話をしたいと思っています。この世でできた貴重な縁。もしかしたら既に縁あってこの世で再会していたのかもしれませんが、いずれにしても魂にとって縁というものは、自分で考えている以上に深いものなのかもしれないと思いました。 縁はいいものだけではありません。何かしらの原因で長年ギクシャクしたり、しこりが残ったままの人もいます。転勤や引越しなどで関わることがなくなると、正直ホッとすることもありますが、それはあくまでも一時的なもの。この世で縁ができたということは、この世よりも長くいるあの世で再び会う可能性もあるかもしれません。そのときに複雑な気持ちで会うのは嫌なので、この世にいる間に修復できるものはしていこうと思ったことがありました。この世は思いの世界であるあの世とは違い、肉体を通して経験ができる世界なので、「チャレン

身体への感謝

「こんな肉体」と言わないでください。 その肉体の中に、神の愛という命のエネルギーが宿るからこそ、あなた方の肉体は動くのですよ。ロボットではないのです。 すべての細胞の一つひとつの隅々にまで、神の子としての命のエネルギーが流れ込んでいる。 そこをわたくしが、オーム宇宙の陰極のエネルギー、オームの女性性のほうから引いてきたエネルギーを通して、地球の中に流し、あなた方のほうにも送り込んでいるのです。そうやって命というのは育まれているのです。 (地球意識の女性体 ガイア) 以上、徳間書店より出版の「ガイアの祈り 光ある愛の星にアセンション」(アマーリエ著)P211より転載致しました。 皆さま、こんにちは。レムリア・ルネッサンスの尼野雪江と申します。 私は子どもの頃から人間関係でストレスを感じやすく、そのストレスがすぐに身体に出るタイプでした。小学校の頃はよく風邪を引いたり、急な腹痛・胃痛で母を心配させたりしました。 成長するにつれて、そのような症状は次第に少なくなっていきましたが、その後もちょっとした体調不良はしょっちゅうでした。でも、自分でも身体がストレスに対してさまざまな不調というかたちで反応することには慣れていて、「なんでこんなに私はストレスに弱いんだろう・・。でもこの世界で生きていく以上、身体に対する多少の無理は当たり前。不調にいちいち構ってられないわ」と思いながら過ごしていました。 そんな私でしたから、このガイア様からのメッセージは、最初に読んだ時意外に感じられました。でも最近、おっしゃられている意味が少しわかりかけてきた気がしています。 一般的な健康法や健康ブームは、肉体の健康のみに重点を置いていて、私たちの本来の姿は魂だという、神理の視点は抜けていることが多いように思います。肉体は舟、魂はその舟を操る船頭さんにたとえられます。その肝心の船頭さんを放っておいて、舟の調子ばかりを気にしていたら、それは本末転倒です。 でも、だからといって、私がしていたように、船頭が頑張れば舟のメンテナンスなんてどうでもいい、舟が使えることが当たり前で何の感謝もしない、というのもやはり片手落ちだったのです。魂と同じように、この肉体も神様の愛のエネルギーが流れて生かされている大切な存在なんだということに、ようやく私も気づくことができました。 今でも私は仕事などの関係上、なかなか身体を労

家庭は安らぎの場

「女性がお皿を洗うから、男性も洗わなくてはいけない。女性がおむつを取り替えるから、殿方に対してもおむつを取り替えなければ、あなたはいけないと、そのような見解が繰り広げられているのが、アメリカ文化の今流れをくんだ現代の若いカップルに多いのです。それを見ていて、疲れて帰って来た男性たちに、ガミガミとそのようなことを言ったときに、男性が本当の意味で、男性の仕事としてのエネルギーを蓄えられるか。家庭というものは安らぎの場でございます。安らぎの場に争いを持ち込んでしまっている現代の女性たちの姿がいるのです。」(木花開耶媛命) 以上、きれい・ねっとより出版の「スピリチュアルメッセージ集58 木花開耶媛命」(アマーリエ著)P36より転載致しました。 皆さま、こんにちは。レムリア・ルネッサンスのあかねと申します。 以前、職場で残業をしていたとき、同僚の男性がポツリと言いました。「あー、今日は木曜日だから、俺がお皿を洗う日だあ」と。聞くと、共働きのため、夫婦で曜日ごとに皿洗いの当番を決めていて、自分が夜、外食することになっても、流し台のお皿を洗うのだそうです。夜まで頑張って働いている彼の姿を見ているので、「それは大変だね」と言うと、「ほんと、憂うつですよー」と言っていました。 共働きだと、家事のやりくりが大変ですので、夫婦で話し合って役割分担するのは必要なことでしょう。ただ仕事中にそのことを思い出し、家に帰るのがおっくうになっている彼の姿は、ちょっとかわいそうでした。お皿を洗わないと、奥さんに「約束が違うじゃない」と言われてしまうのでしょうか。 木花開耶媛命様は同じメッセージの中で、男性は陽のエネルギーであり、ご自分の才能、叡智を通して、社会を積極的に変えていく使命を神様から与えられているとおっしゃっています。そして女性は陰(いん)のエネルギーであり、「内助の功」という言葉があるように、その愛ある献身的な姿により、男性をますます光らせる役割を与えられています。女性の献身的な愛を受けて、男性は本来の素晴らしい力を発揮できるのです。神はそれぞれに役割と期待を込めて、男女をつくられたのです。 私はこのメッセージを学ばせていただき、家庭が安らぎの場であるように笑顔を忘れないでいよう、そして主人が仕事においても、人生においても、花開いていくように支えていきたいと思いました。もちろんできていなく

ありのままの母を受け止める

「愛を感じ、多くの方がたの気持ちに立ったとき、そして、それをどのようにしたら、多くの人びとに伝えていけるかと心を砕いたときに、その相手を一切裁くことなく、ありのままにて相手の全存在を受け入れ、そして、ともに励まし合い、慰め合っていく。トータルに相手のすばらしき神の子としての神性を受け止め、いとおしみ合う。その時に、私はいたわりとともに、癒しというのがあるのだと思います。」(聖母マリア) 以上、きれい・ねっとより出版の「スピリチュアルメッセージ集76聖母マリア」(アマーリエ著)P101より転載致しました。 みなさま、こんにちは。レムリア・ルネッサンスの「さち」と申します。 81歳になる私の母のお話をさせていただきます。母は、お花を育てたり野菜を作ることが好きで、父と一緒に家庭菜園をして暮らしています。去年、圧迫骨折で腰を痛めてからは、さらに腰が曲がり以前のようには体が動かせなくなりました。年齢とともに自転車にも乗ることができなくなり、ほとんど外出しなくなったせいか、愚痴を言うことが多くなりました。 昔を思い出しては「あの時こうすればよかった。ああすればよかった」と後悔し、自分は不幸な人生だったといいます。そんな時私は、「でもね、気持ちを切り替えて心の持ち方を明るい方に向けていこうよ。前向きにいこうよ」と話すのですが、「わかってる」といいながらもネガティブな思考からなかなか抜け出せずにいます。母は、家族という人間関係の中で、理不尽だったことや心が傷つけられたことを受け止められず、今も苦しんでいるようでした。 私は、どのようにしたら母の心が癒されるのだろうか、母を幸せにしてあげられるのだろうかと考えていました。そのときに、聖母マリア様の「一切裁くことなく、ありのままにて相手の全存在を受け入れ」というメッセージにふれました。私は、母の今の思いを理解することなく、話を十分聞くこともなく、「昔のことにいつまでもとらわれるのは良くないよ」と裁いていたことに気づきました。 愚痴を言えるのは娘しかいないと母はいいます。それならば、ありのままの母を受け止めて、母の話に耳を傾け、満足のいくまで話を聞いてあげようと思いました。 他の人にしたらたわいもないことですが、母にとっては、昔の話を聞いてもらい共感してもらうことで、心が癒されていくのだと思います。 今まで一生懸命育ててくれたことへの感

愛の思いで装うということ

「美で彩るために、神は女性をつくられました。 ささやかな思いやりです。 この愛の星を彩るのは、花々の美しさだけではないのです。 年齢だけでなく、種族も関係なしに、女性は美というものを表現していく。 装うということをもって、周りの方がたに対するいたわり、励まし、生きる希望というものを与えることができる。それが、女性を本来おつくりになった、神が期待されたエネルギーでもあるのです。」(月意識セレニティ) 以上、徳間書店より出版された、「ガイアの祈り 光ある愛の星にアセンション」(アマーリエ著)のp115より転載致しました。 皆さま、こんにちは。レムリア・ルネッサンスの実果(みか)と申します。 私は、娘がまだ幼く子育てに忙しくしていた頃、毎日の身だしなみについて、次第に無頓着になっていきました。汚れても気にならない地味な色合いのトレーナーと動きやすいジーンズ。それが私の定番スタイルでした。そんなある日、娘が言いました。「お母さん、毎日ぼろぼろの格好だね」娘からそんなふうに見られていたなんて、私はショックでした。とっさに、「だって、一緒にお砂場で遊ぶとき汚れちゃうでしょう」と言いましたが、娘は納得した様子ではありませんでした。なぜなら、公園にいるお母さん方は、華美ではなくても、お洒落に気をつかっている方ばかりだったからです。 それからしばらくして、レムリアの集会に初めて親子で参加した日のことです。一緒に電車に乗っていた娘が、「きれい。きれい。いつもこういう格好すればいいのに」と、言いました。私が着ていた色鮮やかなニットやアクセサリーに、まるでとても大切なものに触れるかのようにそっと指をすべらせて、にっこり微笑みました。その時、母親がどのような装いでいるのか、娘の心に影響を与えているということを初めて知りました。 身だしなみを整えることは大人に対する礼儀として必要なことだと、単純に考えていました。そしてセレニティ様のこのメッセージに出合ってからは、一緒にいる方や周囲の方がたを思いやる気持ちを持って、単に外見だけに気を遣うのではなくて、心が安らぐような装いになっているだろうか。そのようなことに思いをめぐらせて身だしなみを整えるようになりました。装うということは愛の表現の方法のひとつであるということ、そして、それは大人だけでなく子どもに対しても同じであるということを我が子に教えられ

つらい経験から得られたもの

「あなた方が今、苦しみ、悩んでつまずき、そしてその中で学んでいる中において、それこそが多くの人びとを助けていく最も大事なよすがとなっていくということを、わたくしは申し上げているのです。  人の苦しみ、悲しみを、本当の意味で自分が苦しみ、悲しんだ者でなければ、やはり人の涙の意味などわからないということなのです。生まれて一度も病気をしたことがない、一度も悲しい思いをしたことがない、人に裏切られたこともないという方が、本当の意味で、自らの隣人たちの苦しみや悲しみや、病気のつらさというものを分かち合うことはできないということなのです。」 (聖母マリア) 以上、きれい・ねっとより出版された「スピリチュアルメッセージ集76 大天使サリエル・聖母マリア」(アマーリエ著)p104より転載致しました。 こんにちは、 レムリア・ルネッサンスのレイと申します。 私は学生の頃、家族の間に愛情が少なくなり、家庭が荒れた経験があります。 それは大切な家族が、精神をおかしくしてしまうほどのものでした。 当時は私も精一杯でしたが、今では年月も経ち、家族にも笑顔が戻ってきておりま す。 私はその後、実家を離れて以前よりも人口の多い町で暮らし始めました。 それまでは、家庭があのように荒れるのは滅多に無いことで、自分の経験したことは、誰にも分かってもらえないものだと、どこかそういう思いがありました。 しかし、新しい町に移りますと、夜に他の家々から男性の怒鳴り声や女性の気が高ぶった大声が聞こえてくる事がありました。 以前の自分の家庭を思い出し、とても他人事には思えませんでした。 何も出来ずにいてしまいましたが、少しかもしれませんが自分なりに、苦しい気持ちが分かる思いでした。そして、自分のところだけではなかったんだなと気付かされたのでした。 また、実際に他の家庭のぶつかり合うところも目にし、微力ながら止めに入ったこともありました。 その時に、自分の大切な家族を思う気持ちで対応することができたのではないかと思います。もし、自分に何の経験もなかったら、きっとそうはいかなかったと思います。 当時は自分の中で本当につらかった思い出も、他の方々の気持ちを少しでも分かることができたと思うと、とても有難い経験だったのだと思います。 また、他の家庭のそのような事情を目にし、ようやく自分の思い出だけに捕らわれなくもなりました...
子育て中の女性へ