自分を守らないこと

「だから、とにかく裸になっていく。この間から何度も言われていることですが、自分を守らないでいようとすることが、最も早く強くなっていく、進化していく道だということです。恐怖心を持って、いろんなものから自分を守ろうとか、欲の中で自分だけが、という思いで自分を飾ろうとすると、進化発展が遅れてしまうのです。 だから、ほんとうに愛一色に―――。それが神の子であるということなのです。」(アマーリエ) 以上、徳間書店より出版の「アマテラスの祈り」(アマーリエ著)P249より転載。 こんにちは。レムリア・ルネッサンスのたまきと申します。 私は一時期、主人の仕事の関係で海外で暮らしていたのですが、しばらくの間ほとんど言葉がわからず、ひとりで外に出るのも人と会うのも不安でとても憂鬱でした。 引っ越した当初4歳だった息子もやはり言葉には困っており、現地の幼稚園に通い出したばかりのころは「みんなが何を言っているかわからないから幼稚園に行きたくない」と言って泣いたこともありました。 でも息子はそれからどんどん言葉を覚えていきました。 「すごいなぁ」と思って見ていると、息子は不格好でも間違っていても、誰かが聞いていても誰もいなくてひとりのときでも、かまわずよく喋って遊んでいました。 その一方で自分自身を振り返ってみると、私は「うまく話せない」とか「間違えたらいやだな」、「通じなくて返事がもらえなかったらどうしよう」と、そんなことばかり考えていつも話すことから逃げていました。 そして当然ですがあまり進歩もありませんでした。 そのとき私は、それまでもずいぶんこうして失敗や間違うこと、傷つくことを恐れて自分を守っていたんだなということに気がつきました。 今思うと、無意識のうちに枠からはみ出すことを恐れ、それでも自分自身でありたいという思いとの葛藤の中で動けずにいたのかもしれません。 でもこの神理と出会えたことで、 ありのままの自分というものを信頼して表現していきたいと思うようになりました。 それから、拙い言葉でも少しずつ周りの人にあいさつをしたり、話かけてみたり、できることからするようにしてみました。 そうしているうちに、以前なら人から声をかけられないよう、逃げるように近所の前を通り過ぎていたのが、人と会って話をすることが次第に楽しくなっていきました。 また、満足に話せなかったとしてもあまり気になら

私たちは神の愛に生かされている

「魂は永遠であるということ。  死ぬことは少しも怖くないのであるということ。  幾転生を通しながら、人びとは学び、幾つかの過ちをしても、過ちがあるからこそ人間であるのであると。  過ちを、その人の欠点も含んで、神は愛されているからこそ、この永遠の命を与えたもうているのであるということ。  それほどに神の愛というのは、慈悲というものは、深く大きいものであるということ。  その大きなる神の愛に、我々は生かされている神の子たちであるのだということ。」(マイトレーヤー)   以上、きれい・ねっとより出版された「スピリチュアルメッセージ集52 マイトレーヤー」(アマーリエ著)P37より転載。   こんにちは。 レムリア・ルネッサンスの、いちごと申します。   神理を学んでいると「神の愛によって生かされている」と色々な方の霊言に書かれています。 それを頭では理解できても、心から実感するということがなかなかできずにいました。   思春期の頃の私は、実はあまり良い子ではありませんでした。 学校で禁止されていることや、親が困ると思うことをやるのが、わりと好きでした。 例えば、禁止されていた自転車通学を行ったり、学校や塾をサボったり、というようなことです。 今思えば、親の関心を引きたかったのかもしれませんが、当時は冷静に自分の心と向き合うことは考えもせず、「自分がやりたいことをやるんだ」と思っていました。...

愛のキャンドルサービス

「あなた方の人生の中で、自分自らを高めると同時に、自分が与えられたことの中で、ささやかなことでもいいから、より恵まれない方がた、そして、迷っておられる方の何か一筋の力になりたい、他者を一人でも幸せにしていきたいのだというその思いの中で、ひとつでもあなた方が行動を起こしたときに、愛のキャンドルサービスは始まるのです。」(聖母マリア) 以上、きれい・ねっとより出版の「スピリチュアルメッセージ集65 聖母マリア」(アマーリエ著) P26より抜粋いたしました。 こんにちは。レムリア・ルネッサンスの飛鳥と申します。 「私たちはこの世に愛を学ぶために生まれてくる」ということを、レムリアのメッセージの中で何度も言われています。そしてそれは、行動・実践の中でしか本当の意味で学ぶことはできない、ということも言われています。 私は今の職場に勤め始めてから、約20年近くになります。パート勤務なので出勤日数は少ないのですが、気づくとかなりの歳月が経っていました。 最初にパートを始めてからの7年間は、私はまだ神理のことは何ひとつ知らず、職場に対しての不満とか、上司に対しての不満がいろいろありました。 ある日、会社の都合で退職をしてほしいと言われました。 私は会社を辞めたいという気持ちが以前からあったので、すぐに退職することに同意しました。 専業主婦として、精神的にも肉体的にも自由な生活を送っていたころ、私はレムリア・ルネッサンスの書籍と出会いました。 そこには「愛のキャンドルサービス」という初めて聞く言葉が何度も出てきて、私も何か行動したいという気持ちになっていきました。 私には子どもがいなかったので、仕事をして社会貢献したいと思い、職探しをしていました。 そんなときに、会社都合で退職した職場から声がかかり、3年ぶりに職場復帰することになりました。 職場は以前と全く変わっていませんでした。昔やっていた仕事は1週間で思い出しました。 ただ、私の心の中は以前と大きく変わっていました。 不景気で世間では職がないと騒がれているときに、働く場所を提供していただいたことへの感謝と、小さな仕事かもしれないけど誰かの役に立てるという喜びでいっぱいでした。 以前の私ならなるべく面倒な仕事には関わらないでおこう、と思っていたのが、人がやりたがらないことでも積極的にやるようになりました。そしてみんな神の子であると