「永遠の時の流れからみたのならばこの肉体を持つ時などは、ほんとうにトータルしてもわずかな時なのです。 あなた方の大半は、天上界にいることのほうが長いのです。でも、この地上で肉体を持っているということ、そのことを思ったのならば、あなた方はこの地上での経験を無駄にしてはなりません。 地上は、自分の全人生をかけて愛を体現するところです。愛が何であるかということを、体を張って学ぶべきところなのです。」(墨子) 以上、きれい・ネット出版 スピリチュア・メッセージ集64巻(アマーリエ著) P31より転載致しました。 みなさま こんにちは。 レムリア・ルネッサンスの秋野稲穂と申します。 今月、仕事仲間のAさんが結婚を前提とした引越しのため退職することになりました。Aさんと私は親子ほど年が離れていますが、事あるごとに報告し合ったり、業者さんや店舗間との交流会を計画し、開催し合う仲でした。 出会いと別れ-。必要な時に必要な人と出会い、関わり合いながら経験と学びを重ね、やがて新たなステップへ進むために離れ離れになることがあります。別れのときは一抹のさみしさや不安を感じることもありますが、お互いにエールを交換し合い、希望に向かって歩み始めていきます。彼女と知り合って約3年。一緒に仕事をしたのは半年弱と本当にわずかでしたが、かけがえのない日々を過ごせたことに感謝しています。もしかしたら今世ではもう会うことはないかもしれません。しかし、お互いに人生を終えたあかつきにはあの世で再会し、よもやま話をしたいと思っています。この世でできた貴重な縁。もしかしたら既に縁あってこの世で再会していたのかもしれませんが、いずれにしても魂にとって縁というものは、自分で考えている以上に深いものなのかもしれないと思いました。 縁はいいものだけではありません。何かしらの原因で長年ギクシャクしたり、しこりが残ったままの人もいます。転勤や引越しなどで関わることがなくなると、正直ホッとすることもありますが、それはあくまでも一時的なもの。この世で縁ができたということは、この世よりも長くいるあの世で再び会う可能性もあるかもしれません。そのときに複雑な気持ちで会うのは嫌なので、この世にいる間に修復できるものはしていこうと思ったことがありました。この世は思いの世界であるあの世とは違い、肉体を通して経験ができる世界なので、「チャレン

身体への感謝

「こんな肉体」と言わないでください。 その肉体の中に、神の愛という命のエネルギーが宿るからこそ、あなた方の肉体は動くのですよ。ロボットではないのです。 すべての細胞の一つひとつの隅々にまで、神の子としての命のエネルギーが流れ込んでいる。 そこをわたくしが、オーム宇宙の陰極のエネルギー、オームの女性性のほうから引いてきたエネルギーを通して、地球の中に流し、あなた方のほうにも送り込んでいるのです。そうやって命というのは育まれているのです。 (地球意識の女性体 ガイア) 以上、徳間書店より出版の「ガイアの祈り 光ある愛の星にアセンション」(アマーリエ著)P211より転載致しました。 皆さま、こんにちは。レムリア・ルネッサンスの尼野雪江と申します。 私は子どもの頃から人間関係でストレスを感じやすく、そのストレスがすぐに身体に出るタイプでした。小学校の頃はよく風邪を引いたり、急な腹痛・胃痛で母を心配させたりしました。 成長するにつれて、そのような症状は次第に少なくなっていきましたが、その後もちょっとした体調不良はしょっちゅうでした。でも、自分でも身体がストレスに対してさまざまな不調というかたちで反応することには慣れていて、「なんでこんなに私はストレスに弱いんだろう・・。でもこの世界で生きていく以上、身体に対する多少の無理は当たり前。不調にいちいち構ってられないわ」と思いながら過ごしていました。 そんな私でしたから、このガイア様からのメッセージは、最初に読んだ時意外に感じられました。でも最近、おっしゃられている意味が少しわかりかけてきた気がしています。 一般的な健康法や健康ブームは、肉体の健康のみに重点を置いていて、私たちの本来の姿は魂だという、神理の視点は抜けていることが多いように思います。肉体は舟、魂はその舟を操る船頭さんにたとえられます。その肝心の船頭さんを放っておいて、舟の調子ばかりを気にしていたら、それは本末転倒です。 でも、だからといって、私がしていたように、船頭が頑張れば舟のメンテナンスなんてどうでもいい、舟が使えることが当たり前で何の感謝もしない、というのもやはり片手落ちだったのです。魂と同じように、この肉体も神様の愛のエネルギーが流れて生かされている大切な存在なんだということに、ようやく私も気づくことができました。 今でも私は仕事などの関係上、なかなか身体を労

家庭は安らぎの場

「女性がお皿を洗うから、男性も洗わなくてはいけない。女性がおむつを取り替えるから、殿方に対してもおむつを取り替えなければ、あなたはいけないと、そのような見解が繰り広げられているのが、アメリカ文化の今流れをくんだ現代の若いカップルに多いのです。それを見ていて、疲れて帰って来た男性たちに、ガミガミとそのようなことを言ったときに、男性が本当の意味で、男性の仕事としてのエネルギーを蓄えられるか。家庭というものは安らぎの場でございます。安らぎの場に争いを持ち込んでしまっている現代の女性たちの姿がいるのです。」(木花開耶媛命) 以上、きれい・ねっとより出版の「スピリチュアルメッセージ集58 木花開耶媛命」(アマーリエ著)P36より転載致しました。 皆さま、こんにちは。レムリア・ルネッサンスのあかねと申します。 以前、職場で残業をしていたとき、同僚の男性がポツリと言いました。「あー、今日は木曜日だから、俺がお皿を洗う日だあ」と。聞くと、共働きのため、夫婦で曜日ごとに皿洗いの当番を決めていて、自分が夜、外食することになっても、流し台のお皿を洗うのだそうです。夜まで頑張って働いている彼の姿を見ているので、「それは大変だね」と言うと、「ほんと、憂うつですよー」と言っていました。 共働きだと、家事のやりくりが大変ですので、夫婦で話し合って役割分担するのは必要なことでしょう。ただ仕事中にそのことを思い出し、家に帰るのがおっくうになっている彼の姿は、ちょっとかわいそうでした。お皿を洗わないと、奥さんに「約束が違うじゃない」と言われてしまうのでしょうか。 木花開耶媛命様は同じメッセージの中で、男性は陽のエネルギーであり、ご自分の才能、叡智を通して、社会を積極的に変えていく使命を神様から与えられているとおっしゃっています。そして女性は陰(いん)のエネルギーであり、「内助の功」という言葉があるように、その愛ある献身的な姿により、男性をますます光らせる役割を与えられています。女性の献身的な愛を受けて、男性は本来の素晴らしい力を発揮できるのです。神はそれぞれに役割と期待を込めて、男女をつくられたのです。 私はこのメッセージを学ばせていただき、家庭が安らぎの場であるように笑顔を忘れないでいよう、そして主人が仕事においても、人生においても、花開いていくように支えていきたいと思いました。もちろんできていなく

ありのままの母を受け止める

「愛を感じ、多くの方がたの気持ちに立ったとき、そして、それをどのようにしたら、多くの人びとに伝えていけるかと心を砕いたときに、その相手を一切裁くことなく、ありのままにて相手の全存在を受け入れ、そして、ともに励まし合い、慰め合っていく。トータルに相手のすばらしき神の子としての神性を受け止め、いとおしみ合う。その時に、私はいたわりとともに、癒しというのがあるのだと思います。」(聖母マリア) 以上、きれい・ねっとより出版の「スピリチュアルメッセージ集76聖母マリア」(アマーリエ著)P101より転載致しました。 みなさま、こんにちは。レムリア・ルネッサンスの「さち」と申します。 81歳になる私の母のお話をさせていただきます。母は、お花を育てたり野菜を作ることが好きで、父と一緒に家庭菜園をして暮らしています。去年、圧迫骨折で腰を痛めてからは、さらに腰が曲がり以前のようには体が動かせなくなりました。年齢とともに自転車にも乗ることができなくなり、ほとんど外出しなくなったせいか、愚痴を言うことが多くなりました。 昔を思い出しては「あの時こうすればよかった。ああすればよかった」と後悔し、自分は不幸な人生だったといいます。そんな時私は、「でもね、気持ちを切り替えて心の持ち方を明るい方に向けていこうよ。前向きにいこうよ」と話すのですが、「わかってる」といいながらもネガティブな思考からなかなか抜け出せずにいます。母は、家族という人間関係の中で、理不尽だったことや心が傷つけられたことを受け止められず、今も苦しんでいるようでした。 私は、どのようにしたら母の心が癒されるのだろうか、母を幸せにしてあげられるのだろうかと考えていました。そのときに、聖母マリア様の「一切裁くことなく、ありのままにて相手の全存在を受け入れ」というメッセージにふれました。私は、母の今の思いを理解することなく、話を十分聞くこともなく、「昔のことにいつまでもとらわれるのは良くないよ」と裁いていたことに気づきました。 愚痴を言えるのは娘しかいないと母はいいます。それならば、ありのままの母を受け止めて、母の話に耳を傾け、満足のいくまで話を聞いてあげようと思いました。 他の人にしたらたわいもないことですが、母にとっては、昔の話を聞いてもらい共感してもらうことで、心が癒されていくのだと思います。 今まで一生懸命育ててくれたことへの感