受けとめる力

こんにちは。レムリア・ルネッサンスのいちごです。 4月から新しい環境になられた方もいらっしゃると思いますが、そろそろ緊張していた心や体がほぐれてくる頃ではないでしょうか。 中には慣れたと思っていたら五月病のようになってしまう方もいらっしゃるかもしれません。 五月病は、環境の変化に心や体が馴染めず不調になってしまうことです。 実は私も以前に五月病のようになってしまい、精神的に辛い思いをしたことがあります。 自立しなければと思い、上京して一人暮らしをすることにしたのですが、一気に変化した環境になかなか馴染めませんでした。 数ヶ月が経ったころ私は家から出られなくなり「このままではおかしくなってしまう」と思いましたので、仕事を辞めて実家へ戻ることにしました。 上京する時に世話を焼いてくれた友人たちや、送り出してくれた前の職場の方々、そして何より家族に会わせる顔がないと思い、自分を責めていました。 ですが実家の家族や地元の友人たちは、私に何も聞かずただ快く受け入れてくれました。 特に母は私のことをほんとうに気遣ってくれていたのだと思います。 もしかしたら、特別に気遣っていたのではなく、ただ普通に接してくれただけなのかもしれません。 ですが、一緒にスーパーへお買い物に行ったり一緒に食事を作ったりするという、以前と同じ日常生活を送ることができたことで私の心は癒されていきました。 自然の多いところへなるべく行くようにして、たまには友人たちと映画やライブなどにも行きました。 そうやってのんびりと生きているうちに徐々に心が前向きになっていきました。 全てにおいてやる気がなかった状態から頑張ろうと思えるようになり、仕事にも行けるようになりました。 この時のことは、今でもとても感謝しています。 今振り返ってみますと、傷ついた私を家族や友人が何も言わずただ受けとめてくれたことが、とても大きかったと思います。 それは、レムリア・ルネッサンスの「女性の法」でいわれている「受容性」で私が癒されたということだと思っています。 受容性について「私たち女性は、神の愛の受容性という、陰の意識のエネルギーである」と言われています。...

誰もがかけがえのない存在

こんにちは。レムリア・ルネッサンスの飛鳥です。 春は1年の中でも、特に環境の変化が大きい時期だと思います。 職場や学校で新しいことを覚えたり、新たな人間関係を築いていく、始まりの季節ではないでしょうか。 自分の学生時代を振り返ると、この季節にかなり緊張していたことを思い出します。 私は人と話すのが苦手なのに、孤独になることをとても恐れていました。 当時、女の子はだいたいクラスの中で仲良しグループを作って、休み時間とか、教室を移動するときとか、常に一緒に行動することが多かったように思います。 4月は新たなクラスの中で自分の居場所をつくって安心感を得るまでは、とにかく落ち着かない日々を過ごしていました。 私は以前からずっと、ありのままの自分でいることに自信がありませんでした。だから、まず自分を受け入れてくれる仲間を見つけるまでは、とても苦しかったのです。最初のうちは人に合わせて、自分を出さないようにすることもありました。それは、大人になってからも続きました。 でも、レムリア・ルネッサンスに出会い、霊的価値観を知ることによって、私の心は変わっていきました。 まず、あの世という死後の世界が存在していること。そして私たちは永遠の命を与えられて、何度もこの世に生まれ変わっているということ。それを知って、心が軽くなりました。 私は自分に自信が持てなくて、ありのままの自分を隠そうとしてきたけれども、何度も生まれ変わるということは、そのたびに成長できるチャンスを与えられているということです。だから、この1回の人生の中ですべてを完璧にしなきゃいけないということはないんだと思いました。ようやく肩の力が抜けたような気がしました。 そして何より嬉しかったのは、私たちを創られた神様は愛そのもので、その神様から命をいただいた私たちは神の子であるということ。一人ひとりが、この宇宙の中でかけがえのない存在であるということを知りました。 もし子どものころからこういう価値観を教わっていたら、私ももっと自分という存在を受け入れ、人と関わり合うことを必要以上に恐れなかったかもしれません。 今の子どもたちは、さまざまなストレスに囲まれ、苦しんでいるような気がします。ネットの中でも、自分の存在価値を見出せず、生きる希望を失いかけている声をたくさん目にします。それはもしかすると、子どもたちだけではなく、大人もそう

許されるありがたさ

「自らも赦されて生きてきた魂なのです。そういう人生であられたと思うのです。であるのならば、あなた方が知らないところで、どれだけ多くの赦しの中に、あなた方が生かされてきたということを思い、隣人たちの罪も、やってしまったことも赦してあげましょう。」(聖母マリア) 以上、きれい・ねっとより出版の「スピリチュアルメッセージ集76 大天使サリエル・聖母マリア」(アマーリエ著)P107より抜粋いたしました。 皆さまこんにちは。レムリア・ルネッサンスの横須賀 由美子と申します。 私には年の近い弟が二人いますが、私は子どもの頃、その二人の弟をさんざんいじめてきました。 特に上の弟には、年子で生まれているので母親を取られたという思いがあり、弟がベビーベッドで寝ている頃から、手を伸ばしてひっかいていたくらいでした。 小学校の時も、弟に対していじわるな言い方をしたり、弟が学校で使うノートを破ってしまったこともありました。 成人してからも、私は言い方がきつかったり怒ったり、全然優しくない嫌な姉でした。 20代の半ば頃、やっと自分のしていることに気付き、今までの弟に対しての過去の行いを心から反省した時、涙が止まりませんでした。 自分のしたことが本当に辛くて、人に傷つけられるよりも、人を傷つけるほうがよっぽど辛いと、身に染みて思いました。 心の中で「ごめんね、ごめんね」と、何回言っても足りないくらいでした。 その反省のあと、私は弟に対する態度を変えました。 それから数年後、勇気を出して弟に「今まで本当にごめんね」と謝ったところ、二人とも「昔のことだからもう忘れたよ。だからもういいよ」と言って、許してくれました。 許してくれると思っていなかったので、とても驚きました。 私は涙が出て、許されることはこんなにもありがたいことなんだと実感しました。 弟が私を許してくれたように、私も、何かがあってもできるだけ相手を許していけるようになりたいと思います。 そして、こうした自分に自覚のあることだけではなくて、自分の知らない、気が付かないところでも、いろいろとたくさんの迷惑を、まわりにかけて生きてきたんだと思います。 それを許されて生きてきた、そういうことを忘れずに日々生きていきたいと思います。 お読みいただき、ありがとうございました。

神の子本来の美しさ

「自分以外の方がたの幸せを祈り、自分を投げ捨てて、 多くの地上の人びとの、神の子たちの幸せのために生涯をかけて生き続ける。 それをもって、わたくしたちは神の子としての内在された神性の中において、 愛というものに感動し、愛というものに共鳴して、ほんとうに幸せであるということを感じ、実感するのです。 神の子であるとは、そういうことなのです。」 (ヘレン・ケラー) 以上、きれい・ねっとより出版の「スピリチュアルメッセージ集51 ヘレン・ケラー」(アマーリエ著)P55より転載 みなさまこんにちは。 レムリア・ルネッサンスの白石まゆと申します。 普段私は看護師をしておりまして、 先日ご高齢の患者さまから黄色い一輪のお花をいただきました。 「いつもありがとう」と手渡してくれたそのお花は、 ストローでできた茎に緑の画用紙が巻かれ、 花びらは一枚一枚丁寧に、薄い色紙で作られていました。 私はそのお花をいただいたことが本当に嬉しくて、 「大切にします」とお伝えし、白衣のエプロンにつけて仕事をしていました。 すると、どの患者さまのお部屋に行っても、 皆さんそのお花を見て笑顔になってしまうんです。...