家庭は愛の巣

こんにちは。レムリア・ルネッサンスの市ノ沢あかねです。 うちの小学3年生の娘は、朝、学校に行くのを泣いて嫌がる日がよくあります。とはいえ、学校に行ってしまえば元気に過ごしているようで、家に帰ってくると、いつも「ただいまー」と元気な声で、玄関にランドセルを置いたまま、すぐ友だちと遊びに行きます。 娘は、人間関係に不器用なほうで、自分の言いたいことを言えなかったりして、ストレスをためてしまうこともたまにあるようです。 なぜ学校に行きたくないのか尋ねると、友だちから言われたひと言を理由に挙げたりするのですが、どれも言った側にすれば他意のないものばかりで、娘が気にしすぎているのが問題のようです。 そんなときは、「そうじゃなくて、こういう意味だったんだと思うよ」と話をしたり、励ましたりしています。 朝、あまりに嫌がるので学校を休ませたある日、先生が心配してうちまで寄ってくださることになりました。 娘は先生を慕っているので、「どうしよう」と言いながらも、お気に入りの服に着替えたりしてドキドキしているふうでした。 先生がいらして、マンションのロビーで、その日学校であったことなど話してくださって、「明日、これるといいね」と声をかけて先生が帰られました。 先生を見送ったあと、娘が、「のどが渇いた。お茶ちょうだい!」と、慌てて言うのです。 「どうしたの、急に」と聞くと、「緊張しすぎて、のどがカラカラ。お茶、お茶!」と言いました。 親の私からすれば、ちょっとした世間話を和やかにした程度だったのですが、娘からすれば、先生がうちにいらして、しかも元気なのに学校を休んだことへの後ろめたさもちょっとあって、とにかく緊張していたようなのです。 外から見れば、にこにこ話を聞いてうなずいているように見えたのに、心の中ではそんなふうに感じていたんだなあ、そこまで気づいてなかったなあと思わされました。 考えてみれば、学校でも友だちとコミュニケーションをしながら、緊張したり、傷ついたり、全身でいろんなことを感じて体験して、その中で成長しているんだなあと思いました。 そう考えると、ほんとうに改めて、家庭というのは安らぎの場であるんだと思いました。 家に帰ったらホッとできて、ありのままの自分でくつろげる。母親として、そういう家庭をつくりたいと思いました。 娘が学校から帰ってきたとき、「ただいまー」と明るい声なの

子育てから学ぶ

皆さま、こんにちは。レムリア・ルネッサンスの「さち」と申します。 最近、子育てを振り返る機会があり、その当時書いていた日記を読み返しながら、反省した出来事があります。 私には20代の息子がいますが、その子が3歳ぐらいの時に外へ出て仕事を始めました。早出があったり、夜に帰宅したりで忙しく、日々の仕事と家事をこなしていくことで頭の中はいっぱいでした。そのため、私の心の中は、子どもが早く起きて、自分できちんと仕度をして、保育所では元気に遊び、夜9時頃には寝てくれたら、家事も早く終えられ毎日がスムーズにいくのにと自分勝手な思いを抱いていました。 しかし、子どもにも自分の思いや好き嫌いもありますから、親の思うように動いてはくれません。わがままを言うし、自分の思いを通そうと駄々をこねたりします。子どもを育てるのは大変だなと思いながら、ゆっくり子どもに目を向ける余裕もなく、「早くご飯をたべなさい」「ゲームはもうやめて、早く寝なさい」と、細かく注意をしていました。 子どもへの注意や指摘は、しつけのためというより、私自身の日常の忙しさからイライラしていて、子どもに当たっていたように思います。 息子が6歳ぐらいの頃です。 ある時、「お母さん、天国と地獄とどっちがいい?」と聞いてきました。私は「もちろん天国だよ」と答えました。「だったら、ぼくのこと怒ったら天国にいけないよ!」と言います。私が「じゃあ怒られないようにしようね」と言うと、息子は首を横に振りながら、「ちがう! ぼくが何をしても怒ったらだめ!」と、何かを訴えかけるような目と悲しそうな表情で私を見て言いました。 その時は、「困った子ね」と思うだけで、子どもの気持ちに立って考えてみることができませんでした。 今振り返ってみると、その時の息子の言葉は「もっとぼくのこと思ってよ」「ぼくの方を見てよ」という心の叫びであったと思います。 人に迷惑をかけたり、相手を傷つけたりした時は、子どもに納得のいくような方法で教え諭さなければいけません。けれども、私は自分の中で「子どもはこうあるべきだ」という理想を作り、できていれば良しとし、できていなければ正そうとし、子どもの行動に対して寛容になれずにいたのです。そして、子どもの思いを察することなく私の意思を押しつけていたように思います。 母親が子どもを自分の持ち物のようにコントロールしようとした時、ま

幸せは目の前にある

みなさま、こんにちは。レムリア・ルネッサンスの未果(みか)と申します。  先日、知人から「最近のお気に入りなんだけど、良かったら聴いてみて」と、YouTubeにアップされている曲をいくつか紹介されました。その中に、私が10代の頃に流行った洋楽がありました。当時は、美しいメロディーと歌声に惹かれていましたが、日本語訳と合わせて聴くと、まるで自分のことを言われているようで涙がとまりませんでした。 その内容は、『若い頃は人がうらやむような生活を経験し素敵な恋もしたけれど、そこに留まらず、いつも幸せを求めて自分の居場所探しをした。でもほんとうの幸せは、パートナーと喧嘩したり仲直りしたり、子どもを抱きしめたり、そんな何でもない日常にこそあると今は分かるの』というものです。  以前の私は、仕事で成功し経済的に豊かになって贅沢な暮らしをしたい。そんな社会的地位や名誉、物質的なことにしか関心がありませんでした。様々なセミナーに参加したり、語学留学したり、自分磨きに明け暮れても、思い通りのものを手にすることはできませんでした。 その後、出産を機に仕事を辞め、しばらく育児に専念する道を選びました。社会から遠ざかった日々を過ごしていると、昔を思い出しては、「あの時、ああしておけばよかった。こうしておけば、もっと違っていたはず」と、今までの人生は失敗の連続だったと、暗い気持ちになることが幾度となくありました。  神理に出合い、私たちのほんとうの姿は永遠の命を持つ魂であり、愛を学ぶためにこの世に生まれてきていると学ばせていただきました。与えられた場で精一杯愛を成すことこそが大切であって、人生に成功も失敗もないということがわかりました。 何十年かぶりに聴いた懐かしい曲は、私の心に深く染みわっていきました。これまでずっと外側に幸せを追い求めて、自己実現に走っていたかつての私も、その場で精一杯生きていたんだと。「失敗だった」なんて、自己卑下しなくてもいいんだと、初めて自分自身を愛おしいと思うことができました。 「自分を愛せないひとは、ひとのことも愛せない」と言われていますが、自分を愛せるようになって、周囲の人びとに対して以前より優しい思いで接することができるようになったと思います。 日々の生活に当たり前のことなどなくて、愛を表現するかけがえのない時を、今いただいていることに、あらためて感謝の思いを

すべては愛を学ぶため

皆さま、こんにちは。 レムリア・ルネッサンスの彩花(あやか)と申します。 昔の私は、家族との関係がよくありませんでした。 なにをしても否定され両親から怒られるので家庭はやすらげる場所ではなかったのです。そのため家にいたくなかったので、仕事に逃げ、休日であったとしても朝から深夜まで出かけるというような日々を送っていました。 食事もいいかげんなものですませ、身体をまったく気づかっていませんでした。 そうして無理を重ねていたためなのか、あるとき急に嘔吐し呼吸をうまくすることができないような状態になり、もう生きていられないのではないかと思いました。それ以来外出することができなくなってしまい、家のなかでさえも動くのもやっとのような状態でした。病院には行きましたがよくはなりませんでした。 どうも自分の奥にある感情とずれたことを無理にしようとすると過呼吸発作や吐き気がおそうようでした。しかし、それまで自分の感情を無視した生き方をしていたので、表面的には自分の感情がまったくわからなくなっていました。感情がわからないので頭で考えて自分の気持ちにたどりつこうとして数時間かかることもありました。自分の感情がわかるとスッと過呼吸発作や吐き気がおさまるのでした。 それはまるで自分自身がどう感じているのか答え合わせをしているような状態でした。 いやおうなしに自分自身と向き合う時間が与えられたようでもありました。 自分の気持ちを大切にしようとした生活をしていると、2年、3年とたつうちに少しずつ体調も回復していきました。そして家の近所なら外出することも徐々にできるようになっていきました。外にでてみると太陽のあたたかな光が前と変わらずにあって、はげまされているような気持ちになりました。それから近くの図書館に行き、心理学の本やビジネス書などを読んで、自分の生き方や、仕事のやり方のどこを改善していけばいいのかヒントを見つけようとしていました。 そうして5年がたとうとするころ、近くの書店でレムリア・ルネッサンスの書籍に出会い、神理にふれました。 そこには、私たちは愛を学ぶために生まれてくるということが書かれていました。愛とは、感謝することや、ゆるすこと、そして愛を与えてこそ学べるものだともありました。 自分の人生を振り返ってみると病気をする前の私は、ただ生活のために働き、まわりに合わせようとして生きていた