スタッフブログ

すべての経験は宝物

「みんな神の子なのです。  みんな輝けるのです。  でも、光の子として、神の子としての輝き方を忘れてしまっているのです。  それをもう一度人びとに提示していく、教えてあげる。  それをするにはどうするか。  あなた方一人ひとりが神のメッセンジャーとして、真にその人生をかけてトータルな言葉、トータルな生きざま、行動、それを通して真に神の子とはどうやって生きるべきかを、あなた方が表さなくてはいけません。」(アウグスティヌス)   以上、きれい・ねっとより出版の『スピリチュアルメッセージ集75 アウグスティヌス』(アマーリエ著)P35より転載   皆さま、こんにちは。レムリア・ルネッサンスの友香(ゆか)と申します。 私は、20代前半のときに、うつ病になりました。社会に出てこれからというときでした。 周囲の人と自分を比べ、自分はだめなんだと、とても落ち込みました。 とにかく、病気をなんとかしなくてはと、色々な精神世界の本を読み、たどりついたのが神理でした。   しかし、努力をしても、私はなかなか根本的に変われませんでした。 よくなったと思ったら、また落ち込んだり、寝込んだり、浮き沈みは続いていました。 そんな自分を、私はいつも責めていました。   思うように生きられないストレスから、感情的になって、主人に当たってしまうこともあり、そんな自分がますます嫌になるのでした。...

愛を学ぶために

「ほかの霊人がおっしゃられておられますように、七割、八割の方の幸せは、今小桜が申し上げた言葉で十分救われていくのです。そして、この地上の人生の意味が変わってくるのです。」 (小桜姫) 以上、きれい・ねっとより出版の「スピリチュアルメッセージ集55  小桜姫」(アマーリエ著)p64より転載 みなさま、こんにちは。レムリア・ルネッサンスの朝月真理と申します。 私の祖母は認知症です。発症してからもう10年が経ち今は何も分からず寝たきりです。 私は帰省して祖母に会う度に、「おばあちゃん、大丈夫だよ、私たちの本当の姿は魂で、この世に愛を学ぶために生まれて来たんだよ。何も怖がることはないよ。あの世は幸せな世界だよ。」と心の中で話しかけます。 でも、母にはなかなかその事を話せないままでいました。祖母の認知症が進まないようにと一生懸命思い出させようとしたり、運動させたり、そんな母の必死な姿を見ていたからです。 レムリア・ルネッサンスの書籍を何冊か渡したことはあったのですが、「霊的な事は何だか怖い、よく分からない。」と言っていました。 3年ほど前のお正月、私が実家に帰省した時、母が「お母さん、また白髪が見えてきたねぇ、染めようねぇ。」と話しかけているのを聞いて、私は思い切って「もう染めなくてもいいんじゃないかな、そのままのおばあちゃんで。」と話してみました。 母は一瞬とまって、そのまま黙ってしまいました。一生懸命な母に申し訳ない事をしてしまった、身近な人にこそ、何かを伝えるということが、どんな風に伝えたらいいのか、とても難しいものだと感じました。そして何となく気まずいまま実家から戻ってきました。 その年の夏休み、子どもたちを連れて帰省すると、祖母の髪の毛は真っ白になっていました。髪の色が違うだけでこんなに違うのかと驚くほど、真っ黒に染めていた時よりも、白髪でにこにこ笑っている祖母は随分老けてみえました。 母が「染めるのやめたんよ。もうこんなにおばあちゃんやったんやねぇ。私はいろいろ必死やったけど、でもこっちのおばあちゃんのほうがいいねぇ。それに、よく分からんけど死んでも終わりじゃないんやろう?あの世もあるんやろう?」と言ったので私が驚いていると「何か、桜の姫さまが、書いてあったでしょう、まだよくは分からんけど。」と言うのを聞いて、涙が出ました。母も泣いていました。 神理に気づくきっか

親子の縁を通して魂を高め合う

「親子という関係を通して、まあ、夫婦というのは血がつながっていないので、今は安易に離婚というのができましょう。でも、親子はどうでしょうか。自分の分けた子です。血を分けた子です。父親にとっても、母親にとっても、自分の血を分けた子ではありませんか。そうするしがらみのなかで、たとえ投げ出してしまいたいと思うことでも、必死に人間は留まって、何とかその関係を通して成長し、折り合いをつけてうまくやっていこうとするのです。やろうとする、その投げ出さないということを通して、魂は成長し合うのです。高め合うのです。」 きれい・ねっとより出版の「スピリチュアルメッセージ集68 マリア・テレジア」(アマーリエ著)P55より転載 皆さん、こんにちは。レムリア・ルネッサンスの小夏と申します。 私の父は、7人兄弟の長男で祖母は一番下の子を産んだときに、亡くなっています。 祖父は、酒癖が悪く子どもの世話をあまりしなかったため、父が親がわりのように兄弟の世話をしていました。父が結婚してからも、兄弟たちは家族で来たりしていましたが、独身の弟も近くに住んでいたので、食事などの世話を母がしていました。 父は私が中学生の頃には、アルコール依存症のため入退院を繰り返し、いろいろな病気も併発したためその後は、自宅に戻ってくることはなく、療養所での生活になりました。 そんな中、母は父の弟と関係を持つようになっていき、父とは離婚しました。 その後、母は叔父と再婚し経済面で生活を支えてもらっていましたので、 私は母と叔父の関係を受け入れざるを得ませんでした。 私にとって家庭はやすらぎの場とは言えず、日が経つにつれて母に対して嫌悪感が募っていきました。「どうして、私はこんな親の元に生まれたんだろう」と、うらめしくさえ感じていました。 叔父は無口でもくもくと仕事をする人でしたが、私が24歳で結婚した年に事故で亡くなりました。 叔父が亡くなってから母は体調をくずし、精神的にも不安定になり病院通いの日々になっていきました。 私自身が地元で結婚したこともあり、何かにつけ父や母の世話をしてきましたが今は両親ともに亡くなりました。 両親が亡くなってから、レムリアの神理に巡り合い学ばせていただく中で、自分から両親にお願いをして産んでもらっているということを知りました。頭では理解できても父や母に対する思いはなかなか切り替えることができ

個性の尊さ

「いかにして神の子として神の愛を表現できますか?  この時代の中で、この傷つく者たちが多い時代の中で、何をもって神の愛をあなた方は表して生きることができますか?  それを神は、常にあなた方に問われておられるのです。  それぞれの個性において、力量において、特技において、個性において、立場において、いろいろなものができることは違われるでしょう。でも違うからこそ尊いのであるということ。違うものがあなた方に与えられているからこそ、この神の国は、神の園は成り立っていくのであるということを思って、自らの使命を発揮されていただきたいのです。」 以上 きれい・ねっとより出版『スピリチュアルメッセージ集76 大天使サリエル・聖母マリア』(アマーリエ著) P117より転載 みなさまこんにちは。レムリア・ルネッサンスの秋野稲穂と申します。 私は幼い頃から人前に出たり、思いを表現することが苦手でした。また、人に遠慮したり、『人の言うことの方が正しいはず』と自分を信じることができず、考えや気持ちを抑え込むところがありました。そんな私は仕事もあまり人とは関わらないルーティンワークの配送や部品の組立を選んだのですが、急な引越しや家業の手伝いが入り、そう長くは続きませんでした。 私は数年前から公共施設内にあるおみやげ処で働いています。この会社のコンセプトは、それぞれの持ち味や思いを表現し、尊重し合い、向上していくという「創意工夫」です。私はそれまで人に合わせながら過ごすことが多く、自分を見つめることがあまりありませんでしたので、会社の人に「あなたの持ち味は?」と聞かれてもなかなか思い浮かばず、私の何をどのように表現すればいいのやら・・・と、戸惑ってしまいました。そして、『みんなはどうやっているんだろう・・・』と、周りのスタッフをみてみると、ふとした思いつきや疑問への対処を考えたら、『とりあえずやってみる』と気軽に行動していたので、あまり深く考え込まず、『わからないことはスタッフに教えてもらえばいいや』と開き直り、勇気を出して思いつくまま行動し始めました。すると、自分の興味やものの見方、表現方法などで気づきが出てくるようになりました。また、同じテーマでも人によって受け取り方や表現の仕方がそれぞれなので、そういった違いも以前より面白く感じられるようになりました。 スタッフ一人ひとりの持ち味が生かされ

自分自身を愛する

「自分自らを本当の意味で愛せない者が、ほかの者たちを愛せない。 ほかの者、自分自らの弱さや、過ちを許せない者が、ほかの者たちの弱さや、甘さや、悲しさを許してやることはできないよ。 それが人間だ。 完全である必要はどこにもない。」 以上、きれい・ねっとより出版の「スピリチュアルメッセージ集37 プロティノス」(アマーリエ著)P76より転載 皆さま、こんにちは。レムリア・ルネッサンスの尼野雪江と申します。 レムリア・ルネッサンスがお伝えしている神理の一つに、「私たちはみんな神の子であり、愛のエネルギーそのもの」という言葉があります。 たくさんある神理の中でも、一番根本的なものと言えるかもしれません。 ただ、頭で「すばらしいなぁ」と思っても、自分自身に当てはめようとすると、なかなか実感がわかなくて困ったのも、この言葉でした。 昔から自分のことを本当の意味で愛せていなかったのも、その一因かもしれません。 私は小さい頃から、集団生活の中ではきちんとしているほうで、学校ではよく先生にほめられていました。 でも、人間関係などで気を遣うことも多く、学校から帰ってくるとぐったりして、親にはあれこれわがままを言う日々を送ってきました。 当然親からはあきれられ、自分でもそんな生活がいいとは思えず、外でいくらほめられても自信につなげることはできませんでした。 私はずっと前から、自分の長所も短所もすべてを知った上で、「あなたはよく頑張ってるね。今のままでもじゅうぶんすばらしいね」と誰かに言ってほしかったのだと思います。 でも、それはほんとうは自分で自分に言うべきだったのでしょう。 プライドがあると、なかなか弱い自分と向き合うのは勇気がいりますが、女性には、神様からありのままを受け入れ、受け止め、癒す力(受容性)が与えられております。 女性自身の心が傷ついていると、なかなかその力に気づかず、発揮できないこともありますが、それでも女性は男性よりも、自分を赦し、愛し、癒していくことができやすいのかもしれません。 ちなみに、赦すことと甘やかすことはまた違うとも言われます。 自分をちゃんと赦して、かつ自分に言い訳をしないことが、今の私の課題だと思っています。...

命がけでぶつかっていく

「社会の中に出て恥ずかしいような言動をするような者であるのならば、ほかの他人は冷たく笑っているだけかもしれない。でも、そのときには、腕まくりをして行って、命がけでその子どもと体当たりをして、その子どもに恥ずかしい思いをさせないために、命がけでぶつかっていって、子どもには人間のあるべき姿を教えていく。この体当たりをしてぶつかっていく、その姿が愛であります。親の愛であります。」 (日向)  以上、きれい・ねっとより出版の「スピリチュアルメッセージ集60 日向」(アマーリエ著)P44より転載 皆さま、こんにちは。レムリア・ルネッサンスのあかねと申します。 かつて私は、家族というのは当たり前のようにあるものであり、そこに大きな意味があるなど考えたこともありませんでした。しかし神理に出合い、私たちは愛を学ぶために転生輪廻を繰り返していて、生まれる前に約束をして家族となったのだと知りました。他人同士なら、嫌になれば会わなければいいし、見て見ぬふりをしてもいいかもしれない。けれども家族という逃げられない関係の中で、突きつけられた現実の中で、互いに愛を学び合う。「神様はなんてすばらしい学びの場を用意してくださったのだろう」と、「この家族と学び合う一日一日を大切にしたい」と思うようになりました。 そして愛を学ぶというのは、きれいごとではありません。 以前、娘が4~5歳の頃、お店で買ってほしいものを買ってもらえなくて、服の下に隠して持って出ようとしたことがありました。私はそれがどんなにいけないことか、本気で伝えました。しかし数か月して、また同じようなことが2~3度ありました。私は、「えっ、あれだけ言ったのに、伝わってなかったの」と、がく然としました。そして迷い出しました。「頭ごなしにしかるのは良くないのかもしれない」「愛情不足が原因なのだろうか…」と。 けれども、相手のために本気でしかることも愛なのです。同時に自分自身、たった1回本気で言えば子どもは変わるはずと勝手に思い込み、「それなのにどうして」と不満や不安を募らせていたことにも気づきました。 あきらめないこと、見返りを求めないこと、そして形ではなく、そこに愛があるかがもっとも大事なのだということ。 それは私にとって、迷ったときに立ち戻る原点となっています。 子どもが大きくなるにつれ、さまざまな局面が出てくると思いますが、子どもに嫌

自分を大切にして生きる

「大調和の中には、常に自らを、自らの人生というものを卑下することはありません、自分自らの、自らでなくてはやれないことの力というもの、可能性というもの、人生を大切にするということ、いとおしむということ、楽しむということ、それを、すべてをわかった者であればこそ、他者の命の尊さというもの、他者の者たちが持つ価値観を尊重しなくてはいけないということ。そして、ほかの者たちの命をけっして踏みにじってはいけな い。人生を押さえ込んではいけない。ともに尊重し合い、ともに切磋琢磨し、ともに生かしむる、そういう力というのがわくのが、大調和の原理でもあるのです。」(老子) 以上、きれい・ねっとより出版の「スピリチュアルメッセージ集66 老子」(アマーリエ著)P52より転載致しました。 皆さま、こんにちは。レムリア・ルネッサンスの「さち」と申します。 私は幼い頃から内気な性格で、周りの人からは、「おとなしいね」といつも言われていました。小学生になっても人と話すことが苦手で、友達の輪の中に入る勇気のない自分が嫌いでした。何事に対しても自信がなく消極的で、明るく積極的な人を見るとうらやましく思いました。 結婚後、長女が小学2年生の頃、社会に出て働きたいと強く望むようになりました。消極的な自分を変えたいという思いと、誰かに認めてほしいという気持ちもあったように思います。家族の理解を得て、給食関係の会社で働くことになりました。 いくつかの病院や施設で働かせていただく中で、いろいろな方々に出会いました。ときには、自分が納得できない出来事に悔しい思いをしたり、相手の方の意見に対して自分の考えを説明したけれども、わかってもらえなかったこともありました。人間関係がスムーズにいかないことが時々あって、その都度自分の中のネガティブな感情にとらわれることがありました。このように対人関係の中で、お互いの考え方や意見の違いを受け止め合うことの難しさを感じましたが、人との接し方について学ぶことができました。 人手不足のため残業が多く厳しい状況の中、一生懸命頑張りましたが、家庭との両立ができなくなり会社を辞めることになりました。 退職後しばらくして老子様のこのメッセージに出会い、「大調和の中には、自らを卑下することはありません」という言葉が私の心に残りました。欠点のある不完全な私だけど自分を否定することはない、誰かに認

ほんとうの自分らしさ

「とにかく『自分自身に戻れ』、このひとことに尽きると思うのです。 それが大宇宙の、宇宙を貫くひとつのエネルギーに自分が戻っていく道であり、神の子に戻っていく道であり、同じルーツなのです。そこに行くのが、ほんとうの神の子として生きる、自分らしさの最後の究極的な悟りにもなる。 自分らしさというと、その時代の価値観の中で自分をつくって、それが自分らしさだとみんな信じているけども、ほんとうの自分らしさというのは、そういう究極的な宇宙の中の一員の、神の子としての原点から、自分のオリジナリティというのを割り出してこないと、ほんとうの意味での自分らしさなんてわからないのです。」 アマーリエ(日向様ご指導でのメッセージ) 以上、徳間書店より出版の「アマテラスの祈り」(アマーリエ著)P237より転載致しました。 皆さま、こんにちは。レムリア・ルネッサンスの未果(みか)と申します。 私が社会人になったころ、日本中がバブル景気の活気に溢れていました。高価な物を買い、贅沢をすることが成功の証であるような風潮の中、服飾デザイナーとして働いていた私は、流行の服で着飾って男性に負けずに働くことで、自分は成功者だと思い込んでいました。忙しい合間をぬって大学の夜間講座を受講したり英会話スクールやジムに通ったりして、雑誌の特集に掲載されているような格好いい、時代の先端を行く社会人になろうと一生懸命でした。 でも、どんなに頑張っても、心の底から幸せを感じることはありませんでした。「これから先、私はずっと売れる服を作り続けられるだろうか。そもそも私にデザインの才能はあるのだろうか?」めまぐるしく変わる流行を、売れる形にしていかなければならないプレッシャーで、心の中に不安がつのっていきました。 そんななか職場の人間関係でトラブルが続き、体調不良で薬が手放せなくなり、しまいには電車に乗ることすらできなくなってしまいました。希望して就いた仕事でしたが、結局辞めることになりました。 その後何度か転職しました。当時新たな業種として注目された分野であったり、ベンチャー企業と呼ばれるところであったり、相変わらず流行を意識した選択をしていました。「今度こそ長く勤めよう」そう思って頑張るのですが、なぜか短期間で仕事先が業績不振で給与の未払いや倒産するといったことの繰り返しでした。私は仕事を変えるたび、「運が悪いだけ」と思っ

結婚愛は愛を実現する貴重な場

「いかなる相手であれども、一度自分が結婚して、神より与えられたパートナーであるのならば、その方を心から愛し、その方のためにともに尽くし合い、二人で愛というものをこの地上に花咲かすために実現させる場として、結婚愛というのは実にすばらしい、ともに魂を修行し、愛を実現する場としてはかけがいのない貴重な場として、わたくしは神がおつくりになられたのであると、わたくしはそのように思います。」(マリア・テレジア) 以上きれい・ねっとより出版された「スピリチュアルメッセージ集68 マリア・テレジア」(アマーリエ著) P32より転載。 皆さま こんにちは レムリア・ルネッサンスの「なまる」と申します。 私は18年前に主人と結婚しました。主人はとても明るく楽しく、決断力のある頼もしい男性で、私は大好きでした。でも、言葉のすれ違いからケンカになると、主人は暴言をはくことが多く、私はその言葉に傷ついてきました。私は主人から愛されていないのではないかと思い、不安と悲しみと寂しさから、心が病んでしまったこともありました。 私は霊言に出会うまで、自分が不幸であるのは、すべて主人のせいであると思っていました。でも、本当にそうなのだろうか。私の考えが間違っているのではないかと思うようになりました。自分のことばかり考えていて、主人の気持ちを考える余裕がありませんでした。毎日、仕事で働いてくれることも当たり前のように思っていたのです。愛を求めてばかりいた自分を反省しました。 それからは、愛を求めるのではなく、自分から主人へ愛を与えるようにしました。心を込めて料理を作ったり、楽しい話題を探したり、主人が心地よく過ごせるように気を配ってきました。私が変わることで、主人も変わってきたように思います。 先月、久しぶりに夫婦だけで外食をする機会がありました。いつもはファミリー向けの手軽なお店ですませるのに、その時はずいぶんしゃれたお店に主人が連れてってくれました。 主人に聞くと、前から気になっていて、いつか一緒に行けたらいいなと思っていたということでした。主人はシャイなので「愛してる」などと言えるような人ではないですが、不器用ながら、私への感謝の気持ちを表してくれたのかなと心が温かくなりました。 主人と暮らした18年間、悲しいこと、苦しいこともありましたが、今は懐かしい思い出です。うっかりもので、何かと至らない私

愛の表現者であること

「そのアイマスクをどけてください。 手に持っているその鎖を捨ててごらんなさい。 あなたの目に何が映りますか。 美しい太陽の姿が。 美しい星々が。 美しい大自然の山が。 緑の風のざわめきが。 小鳥たちのさえずりが。 子どもたちが無心に遊ぶかわいらしい声が。 犬たちが猫たちが、ともにじゃれ合う姿が、まだまだ聞こえてくるのがこの地上ではないでしょうか。 それを見ることができ、聞くことができ、触ることができ、その感動の中で、今命を与えられたということをどうか感謝し、今のときというもの、たった数十年の時なのです。 その1日1日のこの大事なときというものを、両手の間からすべて無駄にすることのないように、人生を生きていただきたいと思うのです。」 (ヘレン・ケラー) 以上、きれい・ねっとより出版された、「スピリチュアルメッセージ集51ヘレン・ケラー」(アマーリエ著)p57~58より転載致しました。 皆さま、こんにちは。レムリア・ルネッサンスの愛美(あいみ)と申します。 私には1歳年下の妹がいます。その妹が結婚し娘を出産しましたが、子どもは心臓に先天性の病気を持っていました。命が助かるかどうかもわからないほどの重篤な状態でした。すぐに数時間に及ぶ大手術を受け、なんとか一命を取り留めることができましたが、姪(めい)は心臓に障害をかかえ、運動や食事などの制限を受ける生活を余儀なくされました。 当時、妹は娘の将来を心配し、とても悲しんでいる様子でした。しかし、姪は、そんな母の思いをよそに、自らの障害にとらわれることなく、明るく育っていきました。昨年、実家に帰省したときに、中学生になった姪に「将来の夢は?」と聞くと、「私は、お医者さんに命を助けてもらった。今度は私が病気の子を治してあげたい。だから、お医者さんになりたい」と生き生きと話してくれました。 その後、姪から聞いた話を妹に伝えると、妹は「辛い時期もあったけれど、子どもが小さな頃から医者になりたいという夢を持ち、その夢に向かって努力し続けている姿を見て、自分も変わらなければならないと思った。どんな境遇にあっても、与えられた環境で前向きに生きていくことの大切さを学んだ」と教えてくれました。 私は、子育てに悩みを抱えて過ごすことも多かったのですが、子の生死の心配をせずにいられるだけでも感謝しなければならないと気づかされました。そして、困難な...

みんな違うからすばらしい

「大宇宙っていうのは音を発している。そのようなひとつの響き、バイブレーションの、ものすごいシンフォニー、コラボレーションというのがあってね。その中においていろんな、ドレミファソラシドとかって音があるでしょ。あなたたちがわかる以上の音がある。その中でそれぞれが、みんなハーモニーを奏でているんだよ。ドがドであるからすばらしい。レがレであるからすばらしいんだけれども、ドが絶対的であると、自分が絶対にドがすばらしいんだと、言い張ったら交響曲でも音楽でもぶち壊しだろう?ドもすばらしいけども、レもミもファもソもラもシも全部すばらしいんだよっていう、その寛容さ。それを受け入れていくおおらかさ。それが愛そのものであるということ。その寛容さ、それ だけのトータルな視野、ものの見方、それを受け入れていく大きさ、忍耐力、優しさ、寛容さ、それを全部ひとつの言葉で言うなら愛というんだ。」(高橋信次) 以上、きれい・ねっとより出版された「スピリチュアルメッセージ集61 高橋信次」(アマーリエ著) p24より転載。 こんにちは、レムリア・ルネッサンスの「小梅」と申します。 私は子供の頃から友達関係や対人関係によく悩んでいました。みんなと仲良くなりたいと思うのに私の生真面目な性格やおせっかい、または調子に乗り過ぎた発言でその場がしらけてしまったり…。「ああ、またやってしまった…」と自己嫌悪におちいることがよくありました。そのため周りの反応がなんとなくいつも気になっていました。 おそらくつい自分中心な発言や行動をとってしまい、周りの人の気持ちを考えられていなかったのだと思います。以前は自分はもしかしたら宇宙人だからみんなと馴染めないのではないかと現実逃避をしたり、被害妄想になっていた時もありました。一人でいる方が楽だと開き直ったりもしていました。 そんな時にこの霊言を読んで「全部すばらしいんだよ」という言葉に少し気持ちが楽になりました。色々な性格の人がいて、それぞれに長所や短所があると思います。その中でぶつかってしまうこともありますが、短所も受け入れて赦して、こんな自分でも神さまの子供なのだから生かされていることに感謝をし、自分を大切にしようと思いました。人それぞれに役割も違います。みんな違うからすばらしいのだと思います。他人と比べて落ち込むのではなく、出会えた人たちと関わる中で、自分にはない部分を

自分自身に正直に

「正直であるということ。ありのままの神からつくられた自分の姿に正直に、そして感謝をして生きること。何を努力するわけでなく、もし勇気を持ち努力するのなら、『むき出しの自分として人の前に出るということを、勇気を持って踏み出しなさい』ということを私は言いたい。」(老子) 以上、きれい・ねっとより出版の「スピリチュアルメッセージ集66老子」(アマーリエ著)P60より転載。 皆さまこんにちは。レムリア・ルネッサンスの、ことりと申します。 私は物心ついた時から、自分の気持ちよりも、周囲の人々が納得する「正しさ」を意識して人生を生きてきたように思います。例えば進学の話で言えば、芸術系の高校を諦め普通科へ行き、専門学校に惹かれていながら、周囲に合わせて大して興味のない大学へ進学しました。 無理をしているつもりはなかったのですが、やはり自分の気持ちに嘘をついていたからでしょうか、高校大学時代は毎日無気力で、暗い学生生活を送りました。 その後何とか大学を卒業し、やっと以前から興味を持っていた演劇と歌の勉強を始めました。が、今度は定職に就かなかったことで、両親に対して後ろめたく感じ始めました。両親の期待に応えられていない罪悪感と、結果を出せずにいる焦りがありました。 そしてその内、自分が何をしたいのかも、よくわからなくなっていきました。なんだか過去の夢を今の自分が無理やり追いかけているような気がしてきたのです。そして現状では心が喜んでいないと気付きながら、一方で「手ぶらでは帰れない」という思いがあり、身動きがとれなくなっていきました。 そんな日々が続き、とうとう精神的にも参ってしまったある時「このままではいけない」と思い、自分自身と真剣に向き合うことにしました。そして思い切って、自分が本当に望んでいること以外の全てを、やめることにしました。 まず、演劇の勉強と所属していた事務所を辞めました。そしてアルバイトを辞め、恋人と別れ、友人たちとも離れました。 ただ一つ、好きだった歌うことだけはどんな形でも続けようと決め、それ以外は手放したのです。 何か当てがあったわけではありません。でも不思議とためらいはありませんでした。初めて周囲の意見や期待を意識せず、自分の本当の心と向き合えた気がしました。 今思えば、それが人生の転機でした。 その後多くの素晴らしい友人たちと出会い、また現在の夫とも出会うこ