つらい経験から得られたもの

「あなた方が今、苦しみ、悩んでつまずき、そしてその中で学んでいる中において、それこそが多くの人びとを助けていく最も大事なよすがとなっていくということを、わたくしは申し上げているのです。
 人の苦しみ、悲しみを、本当の意味で自分が苦しみ、悲しんだ者でなければ、やはり人の涙の意味などわからないということなのです。生まれて一度も病気をしたことがない、一度も悲しい思いをしたことがない、人に裏切られたこともないという方が、本当の意味で、自らの隣人たちの苦しみや悲しみや、病気のつらさというものを分かち合うことはできないということなのです。」
(聖母マリア)

以上、きれい・ねっとより出版された「スピリチュアルメッセージ集76 大天使サリエル・聖母マリア」(アマーリエ著)p104より転載致しました。

こんにちは、
レムリア・ルネッサンスのレイと申します。

私は学生の頃、家族の間に愛情が少なくなり、家庭が荒れた経験があります。
それは大切な家族が、精神をおかしくしてしまうほどのものでした。
当時は私も精一杯でしたが、今では年月も経ち、家族にも笑顔が戻ってきておりま
す。

私はその後、実家を離れて以前よりも人口の多い町で暮らし始めました。
それまでは、家庭があのように荒れるのは滅多に無いことで、自分の経験したことは、誰にも分かってもらえないものだと、どこかそういう思いがありました。
しかし、新しい町に移りますと、夜に他の家々から男性の怒鳴り声や女性の気が高ぶった大声が聞こえてくる事がありました。
以前の自分の家庭を思い出し、とても他人事には思えませんでした。
何も出来ずにいてしまいましたが、少しかもしれませんが自分なりに、苦しい気持ちが分かる思いでした。そして、自分のところだけではなかったんだなと気付かされたのでした。

また、実際に他の家庭のぶつかり合うところも目にし、微力ながら止めに入ったこともありました。
その時に、自分の大切な家族を思う気持ちで対応することができたのではないかと思います。もし、自分に何の経験もなかったら、きっとそうはいかなかったと思います。

当時は自分の中で本当につらかった思い出も、他の方々の気持ちを少しでも分かることができたと思うと、とても有難い経験だったのだと思います。
また、他の家庭のそのような事情を目にし、ようやく自分の思い出だけに捕らわれなくもなりました。悲しかったことばかりを掴まずに、もっと私もその経験を生かして、愛を表現していきたいと思います。

お読み頂きありがとうございました。
皆さま、本日も良い日となられますように。