子どもを育てさせていただく

「高いバッグを買ったり、高いお洋服を買ったり、ひじょうにある意味で目に見えるもで、女性もまた虚飾を張ろうとするが事実なです。そ過程中で、まだバッグやハンドバッグや、靴や洋服ならまだよいですけれども、何を考えたか、生まれた子どもを通して自ら自己実現、エゴ実現というもをしようという、そような女性たちが多くなっているということなです。
 子どもは子どもとして、神より与えられた大事な大事な宝です。一時お預かりし、「子どもは子宝」と言いますけれども、子どもは授かったならば、それを育て上げて羽ばたかせ、一時お預かりしたお預かりもであるという気持ちで、魂を受け入れねばなりません。そして、あるがままに受け入れ、あるがまま個性を、魂を受け入れ、愛中で、無償な無私中において育み育てるという、それが女性使命であるです。」(日向)

以上、きれい・ねっとより出版スピリチュアルメッセージ集60 日向」(アマーリエ著)P25より転載いたしました。

みなさま、こんにちは。

レムリア・ルネッサンス、ことりと申します。
私にはもうすぐ一歳になる娘がいます。

出産前から神理に出会っていましたで、「子どもとは神様から一時お預かりした大切な命。個性が花開き羽ばたいていけるよう、自分価値観を押し付けることなく、全てを受け入れ育てさせていただこう」
そう思っていました。

しかし、娘が8ヶ月くらいことでしょうか。
表情も豊かになり、外出先で娘に対して色々な人に話しかけられることが多くなってきた頃です。

「可愛いわね~今何ヶ月?」
「こんにちは。あら~笑ってくれる
「愛嬌があって良い子ねー」

そんな風に声をかけられ娘を褒められる度、何だか母親である自分まで褒められているような、世間から評価されているような気がしてきたです。そして「できればこまま、周囲人たちから褒められるような、自慢できるような子どもに成長してほしいな」という気持ちが出てきました。

その時はそれが自分エゴであり間違った思いだと気がついたなんでそんな思いを持ってしまっただろうかと、自分自身に対してショックを受けました。そしてこ日向様メッセージを思い出しました。子どもをハンドバッグように扱うなんて考えられないと思っていましたが、他人事ではなかっただと反省しました。
そして、もし神理を知らないまま子育てをしていたら、自分心を満たす為に、娘を可愛い服で必要以上に着飾らせたり、有名学校へ入れようと本人意思を無視して勉強や習い事をさせたりしていたかもしれないと思いました。さらにはそ事に気付かないまま、「自分は娘を愛している。娘ために最善ことをしている」と思っていたかもしれません。

今回、親として子どもに対して間違った思いを持ってしまいましたが、それもこれから子育て中で、「子どもは神様から一時お預かりした尊厳ある魂であり、ありままを受け入れ、無私な思いで育てさせていただかなければならない」という原点を私が忘れない為に、必要な学びだっただと思います。

娘はまだまだ小さいですが、だんだん自我も出てきて手を焼くことも増えてきました。これから娘が成長する中で、様々な壁にぶつかることがあるかもしれませんが、どんな時でもこ原点を忘れず、立ち戻って、いつか娘が世中へ羽ばたいていく日まで、育てさせていただきたいと思います。