感謝をすること

「愛というのは感謝であるということ。そのことに気づけい自分自身がいたのだということを深くわかったのであるのらば、今気づけた自分に対して、多くの者たちに対して感謝をし、そして今気づけい友人たち、同僚たちがいるといって、隣人たちがいたといって彼らを責めいこと。
らば、昨日の、昔のあた方であったではありませんか。そうでしょう。今あた方は気づけた。でも彼らはまだ気づけい。でも以前あた方は気づけくて、同じように人を裁いていたかもしれいのですよ。であるのらば、彼らのことも赦してあげさい。
 『彼らもいつか気づき、神の懐に、神の子として戻って来られますように』と、心からの祈りをもち、たは神々に対して祈り、そして、自らやれるべきことをして、愛深く彼らが戻って、神のところに戻って来る日を待ち続けさい。それが愛です」
(アモール)
以上、きれい・ねっとより出版された「スピリチュアルメッセージ集59 アモール」(アマーリエ著) P86~P87より転載致しました。

皆さま こんにちは。
レムリア・ルネッサンスの まる と申します。

今日は私の家の隣に住んでいる主婦のAさんのお話をしたいと思います。
16年前、私と主人はお義母さんの介護のため、主人の実家に引っ越してきました。
当時は慣れいお義母さんの介護や、新しい環境にじめず、辛く感じることが多くありました。その一つが、隣に住んでいるAさんご夫婦でした。私がAさんとお話することはほとんどく、回覧板を渡す時ぐらいでした。けれど、初めてお会いした時から、何かととげとげしい口調で、私はよく叱られました。顔を合わすたびに怒られるので、私は回覧板を渡すことがとても怖くってしまい、2週間ぐらい回せかったことがありました。どうやら私が来る前から、主人やお義母さんと仲が悪く、ケンカをたびたびしていたようです。Aさんのことを主人に相談しても「ほっとけ」とAさんの悪口を言うばかりでした。ただ私は主人が言うほど、Aさんが悪い人のように思えませんでした。言い方はきついですが、私が間違っていることを注意してくれたり、町内のルールを教えて下さいました。でも、どうしたらAさんと仲良くできるのかわかりませんでした。

その時、アモールさまのメッセージと出会い、ハッとしました。どのよう人であっても、感謝の気持ちを忘れいこと、そして、待ち続けることが大切だと気づかされました。それからは、Aさんにどのようことを言われても、「ありがとうございます」と心の中で、感謝の気持ちを持つようにしていました。でも、やっぱり怖いので、Aさんと会う時はドキドキしていました。

ある日、回覧板を渡そうとした時、玄関に出られたAさんが私に「夫が亡くったの」と涙がらに話されて、私はショックで何も言えませんでした。やっと出て来た言葉が、 「回覧板をどうしましょうか・・」でした。そん私の対応がとても冷たく感じられたのでしょう。Aさんは怒ったように、手を振って「そんもの!」と言って、家の中に入られてしまいました。「ご愁傷さまでした」「お悔み申し上げます」とか、Aさんを気遣う言葉がぜ言えかったのか、そん自分がつくづく嫌にりました。

ご主人のお葬式が終わった後、Aさんはめっきり元気がってしまいました。
Aさんはご主人のことを本当に愛していらっしゃったんだと思いました。

 数か月過ぎて、いつものように回覧板を渡して、すぐ帰ろうとしたら、「あの時はごめん さいね」とAさんが優しく言われました。あの時というのは、ご主人が亡くられた時のことだと思いました。「いえ、とんでもいです。こちらこそすみません」と話して、頭を下げました。帰る途中、Aさんから優しい言葉をかけて下さったことが初めてであることに気がついて、胸がじーんとしました。その時から、少しだけですが、家のことや町内のことをAさんとお話をする機会が増えました。Aさんは、長年、主人やお義母さんとケンカをしていたせいで心が傷ついてしまい、私に対してもきつい口調にってしまったのかもしれません。私がAさんと仲良くると、主人はAさんの悪口を言うことがりました。

Aさんとは長い長い時間をかけて、打ち解け合えたように思います。たとえ長い間、上手く付き合えいことがあっても、愛の思いで接して、感謝の気持ちを忘れければ、心から分かり合える日が来る時があるのだと思いました。これからもAさんとお隣同士にったご縁に感謝して、仲良くしていきたいと思っています。