私たちは神の愛に生かされている

「魂永遠であるということ。
 死ぬこと少しも怖くないであるということ。
 幾転生を通しながら、人びと学び、幾つか過ちをしても、過ちがあるからこそ人間であるであると。
 過ちを、そ欠点も含んで、されているからこそ、永遠命を与えたもうているであるということ。
 それほどという、慈悲というも深く大きいもであるということ。
 そ大きなる我々生かされているたちであるだということ。」マイトレーヤー)
 
以上、きれい・ねっとより出版された「スピリチュアルメッセージ集52 マイトレーヤー」(アマーリエ著)P37より転載。
 
こん
レムリア・ルネッサンス、いちごと申します。
 
理を学んでいると「よって生かされている」と色々な方霊言書かれています。
それを頭で理解できても、心から実感するということがなかなかできずいました。
 
思春期、実あまり良い子でありませんでした。
学校で禁止されていることや、親が困ると思うことをやるが、わりと好きでした。
例えば、禁止されていた自転車通学を行ったり、学校や塾をサボったり、というようなことです。
今思えば、親関心を引きたかったかもしれませんが、当時冷静自分心と向き合うこと考えもせず、「自分がやりたいことをやるんだ」と思っていました。
自分ことしか考えられない状態でしたで、気持ちを理解しようと思っていませんでした。
 
大人なる頃理と出会ったこともあり、さすが落ち着いてきました。
ですが、家族と「良くも悪くもない」という状態まま、何年も過ぎていきました。
対して「今まで育ててもらったこと感謝している。でも家族といえ違う人間なだから、価値観が合わない部分があるも仕方ない」と思い、当たらず障らずような状態で過ごしていました。
「感謝したいけど、心からできない」という、なんとも変な心状態でした。
結婚後も、実家帰省する1回、2泊3日程度していました。
あまり長く帰省している時間が取れないということもありますが、言い合いなってしまうことが多かったで、そうならない程度で切り上げていました。
 
数ヶ月前ですが、レムリア・ルネッサンス学び中で、自分過去を振り返る機会がありました。
ただただ過去を思い出していくです。
思い出すと辛くなったり、残念な気持ちなるような出来事もあるですが、できるだけ客観的な目で見るよう思い出していきました。
すると、ずっと自分ことしか考えられなかったことが、まったく違う視点で見ることができました。
思い返せば、両親、とても迷惑をかけてきたを、家から追い出すようなこと一度もしませんでした。
いつもを心配してくれて、気持ちを尊重してくれていました。
そう思ったとき「を家族でいさせてくれただ」と、ようやく気づき、両親を実感することができたです。
まるで氷が溶けるようあった、対する冷たく固まった心が一気溶けていきました。
親を避けたい気持ちがなくなり、逆ここまでを育てて見守ってくれて本当ありがとう」という感謝思い満たされ、涙が止まりませんでした。
両親素直感謝を伝えることから恩返ししていきたいと思いました。
 
そしてそ「あ、様もそうなんだ」と思ったです。
、ただただたちしてくださっているんだ。されていなかったら、ここ存在していないずなだから」
ようやく心からそう実感することができたでした。
 
深さ、大きさなどで到底計り知ることできません。
ですが、そ一端でも気づく機会をいただけたこととてもありがたいことでした。
一人でも多くような機会が訪れますようと願っています。
ためができることを、これからもやらせていただきたいと思っています。