自分自身を愛する

「自分自らを本当の意味で愛せない者が、ほかの者たちを愛せない。
ほかの者、自分自らの弱さや、過ちを許せない者が、ほかの者たちの弱さや、甘さや、悲しさを許してやることはできないよ。
それが人間だ。
完全である必要はどこにもない。」
以上、きれい・ねっとより出版の「スピリチュアルメッセージ集37 プロティノス」(アマーリエ著)P76より転載

皆さま、こんにちは。レムリア・ルネッサンスの雪江と申します。
レムリア・ルネッサンスがお伝えしている神理の一つに、「私たちはみんな神の子であり、愛のエネルギーそのもの」という言葉があります。
たくさんある神理の中でも、一番根本的なものと言えるかもしれません。

ただ、頭で「すばらしいなぁ」と思っても、自分自身に当てはめようとすると、なかなか実感がわかなくて困ったのも、この言葉でした。
昔から自分のことを本当の意味で愛せていなかったのも、その一因かもしれません。
私は小さい頃から、集団生活の中ではきちんとしているほうで、学校ではよく先生にほめられていました。
でも、人間関係などで気を遣うことも多く、学校から帰ってくるとぐったりして、親にはあれこれわがままを言う日々を送ってきました。
当然親からはあきれられ、自分でもそんな生活がいいとは思えず、外でいくらほめられても自信につなげることはできませんでした。

私はずっと前から、自分の長所も短所もすべてを知った上で、「あなたはよく頑張ってるね。今のままでもじゅうぶんすばらしいね」と誰かに言ってほしかったのだと思います。
でも、それはほんとうは自分で自分に言うべきだったのでしょう。
プライドがあると、なかなか弱い自分と向き合うのは勇気がいりますが、女性には、神様からありのままを受け入れ、受け止め、癒す力(受容性)が与えられております。
女性自身の心が傷ついていると、なかなかその力に気づかず、発揮できないこともありますが、それでも女性は男性よりも、自分を赦し、愛し、癒していくことができやすいのかもしれません。

ちなみに、赦すことと甘やかすことはまた違うとも言われます。
自分をちゃんと赦して、かつ自分に言い訳をしないことが、今の私の課題だと思っています。

まだまだ足りないところがいっぱいある私ですが、誰もが成長の途中であって、完全な人など一人もいない。それが私たち人間なんですね。
そう思えるようになって、ようやく、今の自分も愛おしみながら、「こんな自分でも誰かのお役に立てますように」という気持ちで生きられるようになってきました。
昔を知っている母からは、「大きな進歩ね」とほめられたりしますが、今はそれを素直に喜べる自分がいます。
これからも前を向いて、一つずつ神理を実践していきたいと思います。