幸せは目の前にある

みなさま、こんにちは。レムリア・ルネッサンスの未果(みか)申します。

 先日、知人から「最近のお気に入りなんだけど、良かったら聴いてみて」と、YouTubeにアップされている曲をいくつか紹介されました。その中に、私が10代の頃に流行った洋楽がありました。当時は、美しいメロディーと歌声に惹かれていましたが、日本語訳と合わせて聴くと、まるで自分のことを言われているようで涙がとまりませんでした。
その内容は、『若い頃は人がうらやむような生活を経験し素敵な恋もしたけれど、そこに留まらず、いつも幸せを求めて自分の居場所探しをした。でもほんとうの幸せは、パートナーと喧嘩したり仲直りしたり、子どもを抱きしめたり、そんな何でもない日常にこそあると今は分かるの』というものです。

 以前の私は、仕事で成功し経済的に豊かになって贅沢な暮らしをしたい。そんな社会的地位や名誉、物質的なことにしか関心がありませんでした。様々なセミナーに参加したり、語学留学したり、自分磨きに明け暮れても、思い通りのものを手にすることはできませんでした。
その後、出産を機に仕事を辞め、しばらく育児に専念する道を選びました。社会から遠ざかった日々を過ごしていると、昔を思い出しては、「あの時、ああしておけばよかった。こうしておけば、もっと違っていたはず」と、今までの人生は失敗の連続だったと、暗い気持ちになることが幾度となくありました。

 神理に出合い、私たちのほんとうの姿は永遠の命を持つ魂であり、愛を学ぶためにこの世に生まれてきていると学ばせていただきました。与えられた場で精一杯愛を成すことこそが大切であって、人生に成功も失敗もないということがわかりました。
何十年かぶりに聴いた懐かしい曲は、私の心に深く染みわっていきました。これまでずっと外側に幸せを追い求めて、自己実現に走っていたかつての私も、その場で精一杯生きていたんだと。「失敗だった」なんて、自己卑下しなくてもいいんだと、初めて自分自身を愛おしいと思うことができました。
「自分を愛せないひとは、ひとのことも愛せない」と言われていますが、自分を愛せるようになって、周囲の人びとに対して以前より優しい思いで接することができるようになったと思います。
日々の生活に当たり前のことなどなくて、愛を表現するかけがえのない時を、今いただいていることに、あらためて感謝の思いを感じています。