病気は自分を振り返るチャンス

皆さん こんにちは
レムリアルネッサンスの小夏といいます。
私は今年の3月に心臓弁膜症の手術をして、経過は順調で、現在はしばらく静養期間として仕事を休んでいます。
 
手術後、数週間の入院生活でしたが 入院中は先生や看護師さんにお世話になりながら、自分でできる身の回りのことをする以外することがないので、いろいろなことを考える時間がありました。
 
手術直後は、管がいっぱい体中に入っていたので、目の前にある水を飲むのにも、誰かの手を借りなければ飲めず、看護師さんたちも忙しいだろうなと思いながらも、コールを押すと皆さんいやな顔ひとつされず手を貸してくださいました。毎日血液検査などもあり、一日に何度も病室にきて処置をしていただいていましたが、ある看護師さんはことあるごとに「ありがとうございました」と、言って部屋を出ていきます。
看護師さんにお世話をしていただきながら感じたことは、自分が弱っているときに、笑顔でやさしくしていただくってこんなにも心が癒されるんだなあとしみじみ思いました。
男性の看護師さんもいらっしゃいましたが、女性の看護師さんだとなんとなくホッとしました。
 
病気がわかる前まで私は特老養護施設の介護員として、お年寄りと10年近く過ごしていました。
施設は寝たきりの方が大半で、大勢のお年寄りを数人の職員で食事のお世話、お風呂などたくさんの仕事をかかえていました。
団体生活なので、決められた時間の範囲でできるだけ仕事を終わらそうとすることに、気持ちが向いていたので、お年寄りの話をじっくり聞いてあげるとか一つひとつの動作にしてもその方に合わせるとかができていませんでした。
 
頭では、お世話をさせていただいていると思っていましたが、仕事の忙しさに忙殺されると知らず知らずのうちに、お世話をしてやっているというそんな傲慢な思いになっていたと気づかされました。
 
また、私は、体も丈夫で体力もありましたので、自分は健康で長生きできると思っていました。でも、今回病気をしたことで明日のことはわからないんだということを実感しました。あとどれくらい自分の寿命があるのかはわからないけど、残された人生の一日一日を
大切に生きていきたいなと思います。
 
そういう意味では病気をしたことが、自分自身を振り返るチャンスを神様からいただいたんだなと感謝の思いでいっぱいになりました。
 
心臓の病気が原因で突然死ということも考えられましたが、たとえ死んだとしても永遠の命を持つ私たちは今世で終わりではなく、あの世が本来のふるさとであることを学んでいますので、死に対する恐怖心がないこともあり、自分の病状を冷静に受け止めることができました。改めて神理を学ばせていただくことの大切さを実感し、神様への感謝の思いがわいてきました。
ありがとうございました。