スタッフブログ

神様から一時お預かりした神の子

「子どもは子どもとして、神より与えられた大事な大事な宝です。一時お預かりし、「子どもは子宝」と言いますけれども、子どもは授かったのならば、それを育て上げて羽ばたかせ、一時お預かりしたお預かりものであるという気持ちで、魂を受け入れねばなりません。そして、あるがままに受け入れ、あるがままの個性を、魂を受け入れ、愛の中で、無償な無私の中において育み育てるという、それが女性の使命であるのです。」(日向) 以上きれい・ねっとより出版の「スピリチュアルメッセージ集60 日向」(アマーリエ著)P25より転載 皆様こんにちは、レムリア・ルネッサンスの「うさぎ」と申します。 私は0歳児を育てている主婦です。 「私たち夫婦のもとに、赤ちゃんが来てくれた!」 妊娠したことが分かった日、私たち夫婦はとても嬉しくて抱き合って涙を流しました。 妊婦検診も毎回楽しみで仕方ありませんでした。 妊娠中や出産時は少しトラブルがありましたが、息子を無事にこの世に産むことができ本当に嬉しかったです。 子育ては初めてのことばかりで戸惑い、この先本当にやっていけるのか、不安に押しつぶされそうになることもあります。 でも、私が少しでも子供から離れると、私を探して必死で泣いて訴えかける息子を見て、 「この子は神様から一時お預かりした尊い神の子。こんな未熟者の私のところに生まれてきてくれた。私を母親として選んでくれた。私を信じて、頼りにして生まれてきてくれたんだ。がんばらなきゃ!しっかりしなきゃ!」そう思い子育てさせて頂いています。 毎日少しずつ成長する息子を見て喜びを感じていたある日、「子どもが成長する姿を見て親が喜ぶように、神様は私たちの成長を喜んでくれているのではないか」と神様のお気持ちが少し分かったように思いました。 「私たちは神様から愛され生かされているんだ」そう実感し、涙が溢れてきました。 そうしたら今度は、今まで出会ったすべての人に対して感謝の思いがわいてきて、今まで許そう許そうとがんばってみたけれどどうしても許せなかった人のことも許せるようになりました。 息子はよく泣き、よく笑い、言葉にならない声でたくさんお話してくれます。 そんな息子が大好きで、愛しています。 息子の子育てを通して、私も成長する素晴らしいチャンスを与えられたと感じています。 これから子育てをしていく中で、神様から一時お預かりした息

失敗をおそれず愛していく

「愛というのは豊かさを生むのです。希望を生むのです。 ありとあらゆるものを創造していく、そのエネルギーの、根源的なエネルギーが愛であるということなのです。 愛なくして何も生まれないのです。 愛なくして生命も、この世の中も、この大宇宙も生まれなかったということなのです。 そのことを思うのならば、あなた方が神の子であるという愛の思いを開放しなさい。 つまらぬものに束縛されず、自らの中にある、こうあらねばならぬという思いから開放して、そして罪悪感から開放して、そんな間違うことを怖れることなく……。このマヌにおいてもたくさんの失敗があるのです。しくじりがたくさんあるのです。そのことを思ったのなら、あなた方だっていいではないですか、失敗をしたって。 失敗してもいいから、愛を、愛していくことをやめてはいけません。 愛していくことを止めてはなりません。 愛を流れ出していくこと。 愛し合っていくことにおくびょうになってはいけません。」(マヌ) 以上、きれい・ねっとより出版された「スピリチュアルメッセージ集63 マヌ」(アマーリエ著)P119より転載。 こんにちは、レムリア・ルネッサンスの「いちご」と申します。 誰でも、誰かを好きになり、想いが叶わず傷つき、引きずってしまうことがあると思います。 恋愛でなくとも、友人との仲違いで傷ついたことがあるかもしれません。 そして、痛手から立ち直るのに、時間がかかったことがあると思います。 私は、今は結婚して幸せに暮らしていますが、以前に告白する前に振られてしばらく引きずった事がありました。 その後、友人の恋愛話を聞いて羨ましいと思いつつ、いつしか誰かを好きになることが面倒くさいと思うようになり「このまま誰も好きになれなくてもいいや。結婚しなくてもいいや」と思うようになっていきました。 自分の時間とお金を全部自由に使える心地よさから、抜け出したくないという思いがあり、変化に対して臆病になっていたのかもしれません。 ですが不思議なもので、人を好きになることって自分ではどうしようもないのですよね。...

嫌いだった父

「今、あなたが在る状況は、すべてあなたが過去世から築いたことの結果であるということ、それが今世であるということ。でもそれがけっしてそんなに悪いものではないということ。今立っているあなたのその存在、あなたの今与えられているものを活かして、あなたができる最大限のことをなして、愛を学び、愛を表現していらっしゃい。そうしたらば、その感謝のもとに、自分が抱え込んでいた不幸感覚というのは、全部消えていくでしょう。」(木花開耶媛命)   以上、徳間書店より出版の「アマテラスの祈り 」(アマーリエ著)P187より転載致しました。   皆さまこんにちは、レムリアルネッサンスのミオと申します。 私は今は両親と離れて暮らしていますが、昔は一緒に暮らしていた父親に強い嫌悪感を抱いていました。 昔の父はちょっとしたことですぐ怒り、お酒を飲んでは怒鳴り、急にわめき散らしたり。母と私たち子どもは毎日ビクビクしながら、できるだけ父の気に障らないよう過ごし、夜に荒れる父を見ては怖さと嫌悪感がつのっていきました。 そして、なぜ自分はこんな父のもとに生まれたのだろう?友達の家のお父さんは優しくて、家族で仲良く過ごせているのに…と、自分の環境を不幸に思い、被害者意識を持っていました。   父から離れたい思いもあって学校卒業後に遠くへ就職しました。それからはずっと別々に暮らし、父とはあまり接点がない日々を過ごしていました。   このメッセージを読んだとき、父のもとに生まれたのは過去世からの縁で自分で選び、自分で決めてきたのだろう、それは理解できるが、あの怖い父へ愛を表現できるだろうか、感謝できるだろうか、と思いました。 父を思い出すと、楽しい気持ちにはなれず、ずっと苦手意識を持っていました。   そんなある日、母から電話がありました。「お父さんが倒れて、救急車で病院に来た」 命も危ないということを聞き、「なにもお父さんに親孝行できていなかった、お父さん逝かないで」と号泣しました。 そして号泣する自分に、自分は父を失いたくない、愛しているのだと気づきました。 父は幸い命は無事でしたが、半身不随になり、声は出せず、食事も口からではなく鼻からの経管栄養法になりました。  ...

すべての女性に与えられた母性の力

「母性というのは子どもに対してだけ持つものではございません。母性というものは、女性の中に本来与えられたものなのです。 その母性をもって、お子様がいなくても、そのご主人を、その友人を、その地域を、その温かい母性で包んであげていただければ、ぎすぎすとした社会はなくなっていくことでしょう。」 以上、きれいねっとより出版された「スピリチュアルメッセージ集58 木花開耶媛命」(アマーリエ著)P64より転載致しました。 こんにちは。レムリア・ルネッサンスの飛鳥(あすか)と申します。 皆さまは、「母性」と聞いてどのように思われますでしょうか。 私は「母」の字があるので、母親になったら出てくるものだとずっと思っていました。 ですので、このメッセージを読んだ時はけっこう衝撃を持って受け止めました。 母性は、全ての女性に神様が与えられたものであり、母性を発揮することが女性に与えられた役割でもあるのです。 私がなぜこれに敏感に反応したかと言うと、私には子どもがいないからです。 結婚して普通に子どもができるものだと思っていましたが、流産を繰り返し、子どもはあきらめなくてはいけないのかと悲しく思っていたときに、このメッセージに出会いました。 たとえ母親になることはできなくても、母のような気持ちで周りの人たちに接していくことはできるかもしれない。 自分の子どもに与えるつもりだった愛情を、もっとたくさんの人たちに注いでいけるかもしれない。 そう思ったとき、母親になれなかったという悲しみは和らいでいきました。 そして、これから自分がやるべきことを見つけたような気がしました。 こんな私でも誰かの役に立てるかもしれない。そう思うと、人生が明るいものに変わっていきました。 私にはそんなに大それたことはできませんが、神様が女性に期待されて与えてくださった「母性」を発揮して、周りの方がたに愛を持って接していきたいと思っています。

女性として生きる

「この女性の愛の思い、それがあってこそ、子どもたちも男性たちも、愛の存在として生きていくことができる。神の子として生きていくことができるのです。  女性は女性としてすばらしい天性とともに、神に愛を塗り込められ、生まれてきています。  女性というものをわたしたちに与えてくださった神に感謝し、そして、わたくしたちのパートナーである女性たちと共に、ともに手を取り合い、称え合い、尊敬し合い、いっしょにこの地上をユートピアに変えていきましょう」(イエス・キリスト) 以上、きれい・ねっとより出版された、「スピリチュアルメッセージ集14 聖母マリア イエス・キリスト」(アマーリエ著)のP125~P126より転載いたしました。 皆さま、こんにちは。レムリア・ルネッサンスの友香(ゆか)と申します。 長い間、私は、女性としての自分を、なかなか好きになれずにいました。 普通に結婚しましたが、どこかで、女性としての自分、妻としての自分というものを受け入れられずにいました。 私は、二人姉妹の長女ですが、父は男の子が欲しかったようです。「お前が男だったらなあ」とよく言われていました。 性格も おおざっぱで、活発だったので、そのように言っていたのかもしれません。 私は、いつしか心の奥で、「女性より男性の方がいいなあ」と思うようになっていきました。 髪も男の子のように短く、高校生くらいまでは、男性に間違われることもあったのですが、高三の終わりくらいに恋をし、人生で初めて髪を伸ばしました。 それから何度か恋愛を経験し、主人と結婚して7年になりました。 けれど、結婚後も、妻としての自分をなかなか受け入れられず、女性として、男性から愛されることを、素直に喜べない自分がいました。 男性と張り合っているつもりはありませんでしたが、でも、どんな風に、女性、妻、というものを受け入れていったらよいか分かりませんでした。 そんなとき、このイエス様のメッセージに触れ、女性はすばらしい存在なのだと、ほんとうにそうなんだと思いました。 そして、よい妻じゃなくてもいい、ありのままの、弱さも含めた自分自身を受け入れていこうと思いました。 これまでの私は、少し自暴自棄なところがありました。 自分の弱さを認めることができず、愛を受け取ることに臆病で、主人の気持ちをうまく受け止められずにいたのです。...

女性は家庭の太陽

「女性というものは家庭の中において太陽であるということです。どれだけつらいことがあっても、家庭の中では微笑みましょう。夫に対しても微笑みましょう。微笑みというものは、無償の愛というものを、神様より与えられた愛というものを地上に表現するための手段として、特に女性の微笑みというのは貴重なものなのです。微笑みというもの、笑顔というものを通して、この地上を照らしていきましょう。」 以上、きれい・ねっとより出版された、「スピリチュアルメッセージ集68 マリア・テレジア    」(アマーリエ著)のP71より転載致しました。 皆さま、こんにちは。レムリア・ルネッサンスの朝月真理と申します。 私は今、主婦をしておりますが、家庭の中でいつも心にとめていることがあります。それは微笑みを大切にするということです。とても小さなことのように思えますが、私は何度もこのことに助けられました。 初めて神理に出会った10年前、結婚4年目だった私は同居をしていた主人の家族とのこと、初めての育児、いろいろなことに悩み、自信を失っていました。そんな時、このマリア・テレジア様の言葉に出会い、これなら私にも出来そうだわ、と思い、心がけるようにしました。 最初は、気持ちが落ち込んだ時にも主人や息子の前で笑顔でいよう、と努力をしていたのですが、そのうちに、自分が微笑むことで私自身が受けとめられているように感じたのです。「完璧でなくていいんだよ、一生懸命生きようとしているあなた自身でいいんだよ」と。 子どもの病気や子育てで途方に暮れ泣けてくる時も、不思議ですね、子どもを抱きしめ微笑むことで、神様の大きな愛にすべてを受けとめられて生かされているんだ、と心が温かくなり救われた気持ちがしました。 そして、私もそんな風に、家庭という場所で、微笑みを通して主人や子どもたちのありのままを受けとめていく、そういう存在になりたいと心から感じています。 その後、子どもたちは4人に増え、時には大変でへこたれそうになることもありますが(^ ^) これからも笑顔を忘れず家庭の太陽でありたいとそう思っています。

かけがえのない神の子

「『自ら、すべての人たちがいても、みんなが違う個性を、可能性を、光の度合いにおいて神は期待を込めて、あなた方一人ひとりをおつくりになられたのですよ』と、『神の子とはそういうものなのですよ』と、ひとりとして同じものが、代替のものなぞはいないのです。 貴重な貴重な、たったひとりの、かけがえのない神の子たちとして、あなた方はつくられておられるのです。 であるのならば、あなた方を愛の通路として光らせなさい。」(アモール) 以上、きれい・ねっとより出版された「スピリチュアルメッセージ集59」(アマーリエ著) アモールP81~P82 より転載致しました。 皆さま、こんにちは。 レムリア・ルネッサンスの彩花(あやか)と申します。 私は幼いころから、「おまえなんかいなくていい」と、親に言われながら育ってきました。 親としては、娘をしっかり育てなければ、という気持ちから言っていたのかもしれませんが、日常的に言われると、自分なんか生きていないほうがいいのではないか、自分などは存在しないほうがまわりは幸せなのではないか、と思い悩みながら生きていました。 このため、どう生きればいいのかと、どこかで答えを求めてもいたのかもしれません。 そんなある日、偶然に立ち寄った書店でレムリア・ルネッサンスの書籍に出会いました。 それまでスピリチュアルな書籍はあまり読んだことはなかったのですが、なんとなく気になりパラパラと読んでみました。 はじめは「変わった書籍だなあ」と思ったのですが、なぜか感動して読み進めている自分がいました。 読んでいくと、「みんな神の子である」と、「神が期待を込めてつくられたかけがえのない神の子」と書かれていました。 それまで、私は存在していてもいいのかと悩んでいましたが、その言葉で私も存在していてもいいのかもしれないと思えてきました。そして、自分という存在にかすかな希望がもてたような感じがして、救われたように思えました。 そうして少しずつですが、私自身もかけがえのない存在なのだと、まわりにいる方たちもみんなかけがえのない存在なのだと、思えるようになってきました。 もしかすると、世の中には私のように思い悩んでいる方がいるかもしれませんが、そういった方がたも「かけがえのない存在なんだよ」ということを伝えていきたいと思っています。 私にできることは、とてもささやかなことかもしれません。

愛の呼吸

「愛は呼吸と同じです。 自らを愛し、神から愛される。その愛という生気を受け入れ、そして、それを受け続けて―――。呼吸を吸い続けたら苦しいでしょう。それを吸ったら、やっぱり吐きたくなるでしょう。吐くときが今度、あなた方の愛の思いなのです。これだけいっぱいの酸素、これだけいっぱいの愛をあなた方は受け入れて吸っているのです。神から愛されているのです。ほかの方がたからも愛されているのです。それをいっぱい吸ったのならば、思い切って周りを愛する愛に返していきなさい。 それが愛の循環です。」(大天使ミカエル) 以上、きれい・ねっとより出版された、「スピリチュアルメッセージ集62 大天使ミカエル」(アマーリエ著) P69~70より転載致しました。 みなさまこんにちは レムリア・ルネッサンスの秋野稲穂と申します。 数年前になりますが、背中の右下に鈍痛がありました。“もしかして肝臓?”検診では毎年数値が上がっていましたし、負担をかけるような生活もしていたので、“これが続くようなら検査をしよう。”と思い始めたとたん、どんどん想像が膨らんでいきました。 “もし、余命を告げられたとしても、生きる場所があの世に変わるだけだから大丈夫” “死ぬのはまだ先だと思っていたけれど、意外とそうでもないのね。” “私は今まで何をしてきたんだろう…”と、死を覚悟するようなことや、今までを振り返りながら “どれだけ多くの方々に助けられ、育てられ、愛されてきたんだろう…。見えない存在に見守られながら生きていられたんだろう…”という思いが湧いてきました。 太陽の恩恵、自然の恵み、食物と水への感謝。 いつも見守り導いてくださっている守護霊さまへの感謝。 数々の出来事を通しながらお互いに成長していくことを希望し、この世で再び巡り合い、共に過ごした家族や仲間、そして関わる方々への感謝の思い。。。 幸い鈍痛は数日でなくなったので病院へは行きませんでしたが、死を我が事として見つめることで、あらためて生きることに向き合うことができました。そして、生かされていることへの恩返しをさせていただきたいと思うようにもなりました。といっても大きなことはできませんが、笑顔で人と関わることなら多少なりともできるので、まずはそこから始めています。 笑顔で接していれば相手の方も笑顔になるので、こちらもさらに笑顔になります。私は接客のお仕事をして

自分らしい生き方

「女性が男性化し、そして子どもを産まず、そして男性と同等のことをしながら、男性に対して女性としての優しさも、受容性というものを一切否定して男性化することを、わたくしたちは女性の自由意志の発現とは申しておりません。  しっかりとした女性の、女性たちにおける自由意志というものをアピールして、社会の中で自分のかけがえのないスタンスというものを打ち出すということは、それは男性と共存し得るし、それは神が一人ひとりの女性たちに対して期待なさっていることでもあるのです。」(平塚らいてう) 以上、きれい・ねっとより出版 された、「スピリチュアルメッセージ集21 平塚らいてう」(アマーリエ著)のP40~P41より転載致しました。 皆さま、こんにちは。レムリア・ルネッサンスの尼野雪江と申します。 私は大学から大学院へと進学し、今は教育活動にも携わっています。数年前に結婚しましたが、私の仕事の都合で主人とは一時的に別々に暮らすことになりました。 仕事面で言えば、私は比較的順調な道を歩ませていただいているのかもしれません。やりがいを感じますし、主人も応援してくれています。一方で、あと数年間とはいえ、家庭生活をわきに置いたような生き方をしていいのか悩んだり、「子どもはまだなの?」と親族に聞かれて、複雑な気持ちになることもあります。キャリアを追い求めることに満足し ているわけではない自分がいるのです。 今でも、自分の生き方がすっきり決まっているわけではありません。ただ、私たちには、神様から等しく自由意志が与えられています。どんな道を進みたいのか、自分自身の心の中に深く問いかけて、誰かの意見に左右されるのではなく、神の子としての自分が一番納得のいく選択をすることが、女性であっても大切なのではないかと思っています。そして、自分で選択したことの結果については、他人のせいにせず、きちんと自分で引き受けていく覚悟を持つ必要もあります。 女性にとって、最大の天職はやはり子育てです。でも、教育関係の仕事を通してどのように女性性のエネルギーを活かしながら、周りの方がたのために生きることができるか、そのような 学びをさせていただく時間を、今の私はいただいているように感じています。そして数年前に、この仕事をすると決めた自分の選択については、私は後悔していません。迷ったときには、その原点の気持ちに立ち返って、主人を

病を受け入れて

「だから、『病と闘うな』とよく言いますね。闘病というけれども、病と闘うのではない。病を受け入れて、自分の体質と共存して、それもすべて自分がインプットしてきたことであるということをすべてを受け入れて、それとともに生きるということを。なぜならば、それを自分は望んで生まれて来たから。」(小桜姫) 以上、きれい・ねっとより出版された、「スピリチュアルメッセージ集55 小桜姫」(アマーリエ著)のP54より転載致しました。 皆さま、こんにちは。レムリア・ルネッサンスの市ノ沢あかねと申します。 うちの小学生の娘は、アトピーと食物アレルギーがあります。赤ちゃんのときは特にひどく、小さな手で必死に顔や体をかきながら、血をにじませ泣いている我が子を胸に、初めての子育てで精一杯だった私は、どうしていいのか、途方にくれそうになったときもありました。けれども、病というのは、生まれる前から自分で決めてきていることが多いこと、そして健康であるか否かより、さまざまな病や困難をとおして、魂がいかに成長できるかが大切なのだと学ばせていただいていたことで、そういう状況を悲観することなく、「この経験を通して、ともに成長できますように」という思いを持つことができました。 もちろん未熟な私は、ときに心が揺れ動き、他のお子さんと比べて、「どうしてうちだけ…」と思ってしまうことがありました。でも、そう思ったとたん、まるで不幸の底に落ちたかのように、どうしようもなく暗い気持ちになるのでした。人が幸せであるか不幸せであるかは、環境や物質的なものではなく、その人の心の持ち方ひとつであるということも、実感をもって学ばせていただきました。 子どもが病を抱えて生まれてくるとき、その親となる人も、それを承知で親となることを引き受け、「ともにがんばりましょうね」と約束してきます。私も、何事もないつつがない日常だけでは学べなかったことを、病を通して学ばせていただいていることが、ほんとうにありがたいことであると、神に、そして娘に、感謝しています。 昨夜も娘は夜中に目を覚まして、「かゆい」と言って泣いていました。アトピーがあるので、手足が見える服は着たがらず、「明日は身体測定で服を脱ぐからやだなー」と言ったりしています。これから学校で人生で、辛いことも含めてさまざまな経験をしていくと思いますが、それを通して魂が成長できるように、そして

結婚生活を通して学ぶ

「夫婦の間においても幾度もくじけそうになることがあるでしょう。信じ切れないで価値観が違うことがあるでしょう。でも、自分にとっていちばん成長しなければいけないものを持っている、かけがえのない相手だからこそ、あなたの結婚相手として、自分も相手も今、目の前に存在していてくれるという、その感謝をあなた方は持たなくてはいけません。」 (マリア・テレジア) 以上、きれい・ねっとより出版の「スピリチュアルメッセージ集68 マリア・テレジア」(アマーリエ著)P53より転載致しました。 皆さま、こんにちは。レムリア・ルネッサンスの「さち」と申します。 私には夫と二人の子どもがいます。子ども達はそれぞれ自分が選んだ道を歩んでおり、今は夫婦二人の生活をしています。 結婚後、2~3年過ぎた頃から些細なことで主人と意見の食い違いがおきるようになりました。また、子どものことやお互いの仕事のことで価値観の違いを認め合うことができず、嫌な思いをすることもありました。子どもの進路問題などで親子の関係もぎくしゃくし、どのようにしたらよいのかわかりませんでした。 その後、私自身が病気になり、その原因を探していくうちに神理と出会いました。相手の考えを受け止めることができなかったことや、いろいろなストレスにより病気になったこと、すべて自分の心の持ち方に原因があったのだと分かりました。 結婚生活というのは、お互いの違いを認め合い、尊重し合い、さまざまな事を乗り越えながら二人で時を重ねていく。そして喜びも苦しみも分かち合い、受け止め合っていくことで、あたたかい関係を築けるのだということを学ばせていただきました。 まだまだできていませんが、夫婦の間に起こる一つひとつの出来事が自分への学びだと思い、受け止めていくようにしました。そうしていくうちに、主人も私の考えを受け止めてくれるようになり、お互いによく話し合い、理解し合えるようになりました。 最近は私の心の中が少しずつ穏やかになっていくのを感じています。 今世、私と結婚してくれた主人に感謝し、家族みんなが幸せを感じられる家庭を築いていきたいと思います。

一人ひとりが光の天使

「あなた方は、目的もなく無軌道に、この地球意識のところに偶然めぐり合わせ、今という刹那的な時だけで滅びてしまうような存在ではない。永遠の過去から、永遠の未来に向けて命を与えられ、神の愛のエネルギーを分け与えられ、その中において、あなた方の高貴さをもって愛という命を表現し、神の子としての表現形態の中で、宇宙を彩るミッションのために、あなた方個人として、オリジナルの素晴らしさを、才能を与えられて、この地上に降ろされた光の天使たちである。それを自覚せよ。」 (地球意識テラ) 以上、徳間書店より出版の「ガイアの祈り 光ある愛の星にアセンション」(アマーリエ著)P187より転載致しました。 皆さま、こんにちは。レムリア・ルネッサンスの未果(みか)と申します。 この春、我が家の一人娘は義務教育を終えて志望する高校に進学することになりました。 学校や塾で進路指導が始まった時、娘は迷わず「音楽科のある高校に行きたい」と言いました。私は普通科の高校に進学するものだと思っていたので、内心驚きました。と同時に、私の思いを娘に押しつけてはいけないと思いました。 私たち一人ひとりは、かけがえのない個性を与えられています。それは、自己顕示欲を満たすためではなくて、自分ならではの愛を表現するためにあります。 私たちが何度も何度も生まれ変わりを繰り返しているのは、愛を学ぶためですが、その愛を表現するために、個性にも磨きをかけてきています。 娘は、今は私の子どもという立場で生まれていても、これまでに様々な経験を積んできたことでしょう。今回、何をミッションとして生まれてきたのかは、彼女自身がこれから見出していくのだと思います。 彼女が個性を発露させていく姿は、この地球をそして宇宙を彩る一筋の光になっていくのだなと頼もしさを感じています。 それと当時に、神理を学ばせていただいたことで、娘の未来を信頼をもって見守っていくことができる幸せを実感しています。