第8話 逃げずに向き合う

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それから2日後。
日曜日だというのに、愛実めぐみは朝早くから目が覚めていた。

今日は那美なみと、助産師の久恵ひさえに会いに行くことになっている。

久恵に会うのは約1か月ぶりだ。電話で連絡をすると、久恵は喜んで応じてくれた。

愛実はなんとなく緊張していた。自分にとっても忘れられない大事な日になるのではないか。そんな予感がしていた。

愛実の守護霊は、必死に愛実に呼びかけていた。
『愛実、がんばって! 私も応援してるわよ!』

その声が聞こえたかのように愛実は叫んだ。
「よーし、がんばるぞ!」
『オー!』
守護霊は愛実と同じポーズで叫んで、にっこりと微笑んだ。

愛実が待ち合わせ場所に行くと、すでに那美が来ていた。まだ約束した時間の10分前だ。

「那美! ずいぶん早いのね」
「愛実こそ、いつもギリギリか遅刻なのに、今日は早いじゃん」

那美の顔には緊張が表れていた。
愛実はにっこり笑った。

「那美、大丈夫だよ。全部うまくいくから」
那美はうなずいた。

ふたりは久恵の家にやってきた。
玄関のチャイムを鳴らすと久恵が笑顔で出迎えた。

「久しぶりだねえ、お嬢ちゃん。いや、愛実ちゃんだったね。でもまだ1か月くらいしかたってないんだねえ。もう何か月も前のような気がしてるよ」

「先生、こんにちは。ほんとうに、もうずいぶん前のような気がしますね。今日はお休みのところすみません」

「いいんだよ。こちらがお友達だね。ええ~と、名前は那美ちゃんだったかね」

「はい、那美です。初めまして。今日はよろしくお願いします」

「さあ、ふたりとも入って。すでに大人たちは到着してるよ」

久恵は那美と愛実をリビングに案内した。
そこにいたのは愛実の母・智実ともみと、那美の母・百合子ゆりこだった。

「愛実ちゃん・・・。那美も! どうして二人ともここへ?」

驚く百合子に智実が言った。
「黙っててごめんなさい。実はこの子たちが今日来ることを知っててお誘いしたんです」

百合子は状況がのみこめなかった。愛実が口を開く。
「おばさん、すみません。私が頼んだんです。おばさんにも先生の話を聞いてほしくて」

百合子は那美を見たが、那美は百合子を見ようとはしなかった。

「さあさあ、役者がそろったところでティータイムにしようじゃないか。実は昨日シュークリームをたくさんもらって、食べきれなくて困ってたんだよ」

久恵はポットに入った大量の紅茶と、山になったシュークリームを持ってきた。

「さっきまで、こちらの山田さんの話を聞いてたんだよ。いろいろたいへんだったみたいだね。那美ちゃんもきっとつらい思いをしただろうね」

那美は母親の前で何と答えたらいいのかわからなくて黙っていた。

「前に愛実ちゃんには言っただろう? 私たちはみんな、親子の約束をして生まれてくるって話を」

百合子は不思議そうに久恵に聞いた。
「それってどういうことですか」

久恵はゆっくりと落ち着いた声で説明した。

「山田さん、あんたはこの世の肉体だけの存在じゃあないんだよ。私たちはみ~んな、肉体がなくなっても魂という存在であの世に生き続けるんだ。私たちはそうやって何度も、あの世からこの世に生まれてくるんだよ。わかるかい」

百合子は初めて聞く話に驚きを隠せなかった。

「あの世って・・・ほんとうにあるんですか?」
「もちろんだよ。今証明することはできないけどね、死んだらわかるさ」

久恵は何の迷いもなく、世間話をするようにしゃべっている。その落ち着いた態度は妙に説得力を持っていた。

「この世に生まれるには、必ず親に産んでもらわなきゃならないだろう? その約束をあの世でしてくるんだよ。那美ちゃんはお母さんに、私を産んでくださいって頼んできたんだ。お母さんは那美ちゃんに、親子になって一緒にがんばりましょうねって言ってるんだよ」

それを聞いた愛実が遠慮がちに言った。
「あの、確か・・・先生は前に、ほんとうの愛を学ぶためにこの世に生まれるって言ってましたよね」

「そのとおりだよ。愛実ちゃん、よく覚えててくれたね。うれしいよ」

久恵に褒められて愛実はちょっと照れている。
「私たちは人と関わることで、喜んだり悲しんだり、悩んだりもするだろう?そういう経験をすることで成長していくんだよ。傷つくことで人の痛みを知り、優しくなれる。それができるのがこの世なんだ」

久恵はみんなに紅茶とシュークリームを渡し終えると、一人ひとりの目を見ながら話を続けた。

「親子っていうのはいちばん身近で縁が深いと思わないかい。もちろんいろんなケースはあるけど、一般的に親子の関わりというのは濃いだろう? その中で学べることがいっぱいあるんだ。傷つけ合うこともあるかもしれないけど、お互いに分かり合って乗り越えようと約束してくるんだよ」

その言葉に反応したのは、意外にも智実だった。
「私は愛実とのかかわりのなかで、自分のいたらないところや弱さに気づきました」

「牧原さん、気づいたってことは素晴らしいことだね」

そう言った久恵は、ちょっとからかうような口調で続けた。

「でもあんたはちょっとマジメすぎるからね。反省ばかりしないで、弱いとこ見せたっていいんだよ。愛実ちゃんはあんたが思ってるよりずっとしっかりしてるよ」

「はい、すみません」
智実は申し訳なさそうに言った。

「だから、反省ばかりしなくてもいいんだってば!」
そう言って久恵は笑った。愛実も智実の生真面目な態度が妙におかしくなってしまった。

「ちょっと愛実! なに笑ってんの」
智実はちょっと恥ずかしそうに苦笑いした。

久恵は百合子と那美に向かって言った。

「この親子、ちょっと前まではケンカしてたんだよ。信じられるかい? でもね、本音でぶつかればわかり合えるのが親子のいいところでもあるんだ。親子だからこそイヤなことがあっても避けられない。お互いに向き合うことから逃げちゃいけないんだよ」

それを聞いて、今まで黙っていた那美が口を開いた。

 

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