第11話 すべてを赦して

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「子どもたちがどうして援助交際なんてやってたのか、わかるかい?」
久恵ひさえの言葉に、智実ともみ百合子ゆりこもうつむいたまま小さく首を振った。

「この子たちはね、自分なんていなくてもいい、生まれてこなくてもよかったんじゃないかって、そう思ったんだよ」

「どうしてそんなこと!」
智実はそう言ったきり、言葉を継げなかった。
そんなこと、絶対にあるわけがない。

「そう思うだろう? でもね、子どもたちは自分が愛されている実感がなかったんだよ。だから自分を大切にしなかった」

百合子も智実も、もちろん子どもたちを愛していた。でもその思いは通じていなかった。

久恵は続けた。
「好きでもない男に自分の体を触られるなんて、ほんとうだったら気持ちいいわけがない。その行為が自分自身を傷つけてしまうなんて思ってもいない。というより、自分のほんとうの気持ちに気づいてないのさ。でもね、愛実めぐみちゃんや那美なみちゃんは、自分の心としっかり向き合ったんだよ」

久恵は母親たちに優しく語りかけた。
「あんたたちを責めるつもりはないんだ。ただ、子どものことをもっと見てあげてほしいんだよ。今の大人たちは忙しすぎて、自分のことで精いっぱいだ。お金や物だけ与えていれば幸せなんてことはないだろう? やっぱり人には愛が必要なんだよ」

じっと久恵の言葉を聞いていた百合子は黙って立ち上がると、こわばった表情で那美の前に行った。
そして、那美の顔に平手打ちをした。

そのあと、百合子は那美をしっかりと抱きしめて言った。

「那美、なんてことを・・・。でもあなたをそこまで追い詰めてしまったなんて、お母さんのせいね。ほんとうに、ほんとうにごめんね・・・」

百合子は娘の肩に顔を押しあて泣き崩れた。那美は母親の背中をしっかりと抱きしめ、声をあげて泣いた。

久恵はふたりのそばに立ち、優しく言った。
「山田さん、あんたもつらかっただろうね。那美ちゃんを守るために離婚を決意して、女手ひとつで育てていくなんて、並大抵の決断じゃないよ。そんなに自分のことを責めなくていいんだよ」

その言葉で、百合子はさらにはげしく泣き出した。
久恵は言葉を続けた。
「子どもを守るために離婚しなければならないこともある。それはけっして母親の自己満足のためじゃなかった。那美ちゃんだって、それをわかっていたから、寂しくても我慢してくれてたんだろう?」

那美は顔をあげてうなずき、百合子に言った。
「お母さんに幸せになってほしいと思ってる。でも私、心の整理がつけられなかった。こんなことになってほんとにごめんなさい・・・」

久恵はふたりの肩を叩きながら言った。
「もういいんだよ。お互いにボタンをかけちがえただけなんだ。これからやり直せばいいだけさ」

その様子を見ていた智実は、どう気持ちの整理をつけたらいいのかわからなかった。
自分の育て方は間違っていたのだろうか。

確かに、仕事の忙しさで愛実のことを気にかけていなかったのは悪かったと思っていた。

でも、自分なりに愛情を込めて育ててきたつもりだったのに、裏切られたような気分だった。
愛実に対して怒りがわいてくる。

ふと智実の表情を見た久恵は、すぐに智実に向き直って話しかけた。

「牧原さん、あんたの気持ちもわかるよ。でもね、愛実ちゃんは自分のしたことに自分で苦しんでいたんだ。お母さんを裏切り、好きだった人を裏切ってしまったことをひどく後悔していたんだよ。これは当然のことなんだが、自分がしたことの結果は必ず自分に返ってくるものなのさ」

愛実は泣きながらやっとの思いで言った。
「先生の言うとおりです・・・。誰かを傷つけたら、結局自分も傷つくんだなってわかりました」

久恵は優しく愛実を見つめて言った。
「それが大事なんだよ。私たちはみんな、まだまだ未熟なのさ。つまずいたり転んだりしながら痛い目に遭って、やっと気づくんだよ。そしたら次は同じことを繰り返さないだろう? そうやってこの世で成長させてもらってるのが私たちなんだ」

久恵は智実に向かって言った。
「神様はね、私たちに怒ったり、裁いたりすることはしないんだよ。自分で気づくのを待ってくださっているのさ。もし頭ごなしに叱っても、自分で気づかなければ反省しないし、変わる努力をすることもないだろう?」

智実の胸に久恵の言葉が響いてくる。

「愛実ちゃんはもう自分のしたことに気づいてるんだ。だからあんたもつらいだろうけど、今は受けとめてあげてほしいんだよ。赦してやってほしいんだ」

「・・・はい」
智実は苦しそうに答えた。そしてこんなことになったのは自分の責任だと、今度は自分を責めていた。

久恵は智実の気持ちが手に取るようにわかった。
「あんたは自分に厳しすぎるところがあるよね。自分のこと責めすぎちゃいけないよ。みんな完ぺきじゃないんだから、自分のことも責めずに赦してあげなさい。そうすれば、他人も赦せるようになるから」

愛実は智実のそばにやってきて、隣に座った。
「お母さんのこと裏切るようなことをしてほんとうにごめんなさい。でも私、今回のことでお母さんが私のことちゃんと考えてくれてたってことがわかってうれしかった。これからは絶対にお母さんを悲しませたりしないから」

智実は目に涙を浮かべ、まっすぐに愛実を見た。
「愛実・・・」
智実はそれ以上言葉にならず、ボロボロと涙を流した。

「みんな、もう自分を責めるのはやめにしようじゃないか。自分の思いや行いが神様の愛の方向ではなかったと思ったら、またやり直せばいいんだよ」

「神様の愛の方向・・・・?」
愛実は不思議そうにつぶやいた。

「そうさ。私たちはみんな、神様の愛がいっぱい詰まった神の子なんだよ。だから愛がわかる。愛を感じるのさ。そちらに向かって進めばいいんだよ」

「わたし、よくわからない・・・」
那美が小さくつぶやいた。

「愛ってなんですか? どうしたら神様の愛がわかるんですか」

久恵はにっこり笑って言った。
「なあに、簡単なことさ。道で困っている人がいたとするね。那美ちゃんはその人を助けられるとして、助けるか、そのまま無視するか。どっちが愛の方向だと思う?」

「それは―、助けるほう。ですか・・・」
「そうだろう? じゃあ、電車で座っているときに足の悪いおばあさんが乗ってきたらどうする?」

「席をゆずる・・・ですよね。実は、まだゆずったことないんですけど・・・」
那美はばつが悪そうに言った。
久恵は笑った。

「ちゃんと神様の愛の方向はわかってるじゃないか。愛というのはお互いに助け合い、赦し合い、生かし合うこと。自分のためだけじゃなく、ほかの人を幸せにするために何ができるか考えることだよ。難しいことなんかじゃないさ」

久恵の言葉は、それぞれの沈んでいた心に光を灯した。

「前にも言ったね、愛実ちゃん。神様はけっして見捨てたりしないって。私たちをつくられた神様は、愛のかたまりなんだ。私たちがちょっと別の方向に向いてしまったとしても、いつもいつも温かく見守ってくれているよ。神様のほうへ向かってくるのを待ってくれているんだよ」
愛実は大きくうなずいた。

 

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