第5話 那美なみの危機

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金曜日の夜。街はいつにも増してにぎやかになる。
那美は午後7時に男と待ち合わせをしていた。

(今日の男は2時間デートするだけで3万円だなんて! ちょっとくらいブサイクだったとしても、我慢しないとね)

しばらく待っていると、ひとりの男がやってきた。
20代後半くらいの色白でやせた、ちょっと暗い感じの男だった。

(なんか、いかにもオタクって感じだけど・・・。まあいいわ。これが終われば3万手に入るんだし)

那美は嫌な思いを振り切って、笑顔で言った。
「どこに行きますか?」
「僕、車で来てるんですよ。ドライブしませんか」

車で来るなんて珍しいパターンだ。
やはりお金持ちなのだろう。那美はそう思った。

「わかりました。でも、9時にはここに戻ってくるようにしてくださいね」
「もちろんです」
男の静かな口調が、那美には薄気味悪かった。

コインパーキングから車を移動させてくると、わざわざいったん外へ出て、那美のためにドアを開けた。

男は運転席に座ると那美のほうに向き直り、飲み物を差し出してきた。

「さっきファストフード店で買ってきたんです。新作のシェイクだとかで。よかったら飲んでください」
「あ、これ! 飲んでみたかったんです~。ありがとうございます。遠慮なくいただきまぁ~す」

那美は、男の思わぬ気配りにすっかり気をよくした。
(白くてもやしみたいな男だけど、案外気が利くじゃん)

那美の守護霊は必死に呼びかけていた。
『那美! その男と行っちゃダメよ! それも飲んじゃダメ! 早く車を降りて!』

那美は守護霊の呼びかけに気づくはずもなかった。
シェイクを飲み干すと男に話しかけた。

「社会人ですか?」
「ええ、まあ」
男は前を向いたまま答えた。

「どんなお仕事してるんですか?」
「サービス業ですかね」
男は他人事のように答えている。

「サービス業っていろいろありますけど・・・飲食関係とか?」
「まあ・・・。そんなとこですかね」

男は声が小さい上、あまり会話に乗ってこない。

(なによ、こっちが気を遣って話しかけてやってんのに)

会話が途切れた。
車の中にはエンジン音だけが響いている。
重苦しい沈黙のあと、男が口を開いた。

「あなたは、どういう男性が好きですか?」
「えっ? そうだなぁ・・・。お酒飲まない人がいいですね。お酒飲むと人が変わっちゃう人っているじゃないですか」

男は少し興味が出てきたのか、ちらっと那美を見た。

「へぇ~。ほかには?」
「あとは、暴力的な男はダメですね。女に暴力振るう男なんて絶対許せない!」
那美の言葉に思わず力が入った。

「そういう人と付き合ったことがあるんですか?」
「えっ? いや、ないですけど・・・」
「そうですか。誰かを想定して話をしているような気がしたので」

そう言われて、那美の頭に浮かんだのは父の姿だった。お酒を飲むといつも人が変わったようになって、母に暴力を振るった。幼い那美も何度も叩かれそうになったが、母が必死に守ってくれた。

「暴力を振るう男はキライですか。僕も気をつけなくちゃ」
男はニヤッと薄笑いを浮かべながら小さな声で言った。
その横顔を見て、那美は背筋が寒くなった。

(なんか不気味・・・2時間耐えられるかな・・・)

それから30分ほど走って、夜景の見える高台に出た。
人気スポットらしく、周辺は路上駐車も多く渋滞している。

「わあ~、キレイ!」
そう言って窓際に顔を寄せた那美に、急激な眠気が襲ってきた。
(あれ? どうしたんだろう・・・。なんだか体が重い・・・)

シートに体を沈めると、次第に意識が遠のいていった。

那美が完全に寝てしまったのを確認した男は、
助手席のシートを倒すと、そのまま車を走らせた。

那美はドアの閉まる音で目が覚めた。
(あ・・・。私寝ちゃったんだ)
周囲を見ようとしても、体が重い。
頭もぼんやりしている。

なんとか体を起してみると、そこは車ではなくベッドの上だった。
しかも、両手と両足が縛られている。

(えっ! 何これ! どうなってるの? ここどこ?)
那美の意識は次第にはっきりしてきた。
そういえば、夜景を見たあとからの記憶がない。

ということは、あの男にここに連れてこられたのだろうか。

部屋の中に男がいる気配はなかった。
もしかしたら、さっきのドアの閉まる音は男が外に出て行ったものだったのかもしれない。
逃げるなら今しかない。
那美はとっさにそう思った。

部屋を見渡すと、テーブルの下に置かれた自分のバッグが目に入った。
(そうだ! 昨日、洋服のタグを切るのに使ったハサミ、まだ入れたままだった! それでこの手足のヒモを切って逃げよう)

那美はベッドから転がり落ちると、バッグのところまで移動した。
両手は前で縛られていたので、バッグの中身を取り出すのは比較的簡単だった。

その時、那美のスマホが鳴った。
愛実めぐみからだ―。 

 
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