第4話 百合子ゆりこの葛藤

第 3 話はこちら

 

三者面談の翌日。
愛実めぐみは、学校帰りにスーパーで買い物をしていた。

「まったく、お母さんたら・・・。最近人使いが荒いんだから。仕事で遅くなる度に私に買い物させるんだよね・・・」

文句を言いながらも、母親の代わりに買い物をすることがなぜだかうれしくて、自然と口元が緩んでしまった。

以前は、智実ともみは仕事で帰りが遅くなる日は、夕食代としてお金だけ置いて出かけることが多かった。

それが最近では、簡単なものでも手作りの料理を用意していくようになった。
仕事の合間に愛実に連絡を入れてくることもある。

そしてもうひとつの変化は、智実が愛実を頼りにするようになったことだ。

昔からなんでもひとりで抱え込んでがんばってしまう智実だったが、ようやく誰かに頼るということができるようになってきた。

それは、助産師の久恵ひさえからのアドバイスのお陰だった。

―牧原さん、あんたは何でもひとりでがんばりすぎなんだよ。もうちょっと周りの人たちを信頼することが大事だよ。お嬢さんだってあんなに立派な子に育ってるじゃないか。
もっとあの子を信じて頼ってみなさい―

もちろん、愛実はそんなことは知らないが、母親が自分を頼りにしてくれるようになって、役に立っていると思うとうれしかった。

「つぎは、トマトか・・・。え~、トマトってこんなに種類あるの? どれがおいしいのかなぁ・・・」

買い物カゴを片手に野菜売り場で立ち止まっていると、女性の声がした。

「愛実ちゃん?」
「え?」

声のほうへ振り向くと、見覚えのある女性がこちらを見ていた。
(あ、那美なみのお母さんだ)

「こんにちは」
愛実は近づいてあいさつをした。

「こんにちは。愛実ちゃんがいつも買い物して帰るの?」
「いえ、母が仕事で忙しいときだけです」

「そうなの、えらいわね~。うちは、那美にはとても頼めないわ。すぐににらまれちゃうもの」
そう言って笑った百合子の顔は、どこか寂しそうに見えた。

「そういえば昨日の帰り、那美が愛実ちゃんに電話するからって言って別れたんだけど、何か約束でもしてたのかしら?」

愛実は一瞬答えに詰まったが、とっさに笑顔を作って答えた。
「そ、そうなんです。私が那美に相談したいことがあったので」

那美からは電話などなかった。
(何かないしょにしておきたい事でもあるのかな・・・)
愛実は、適当に話を合わせることにした。

「そうだったの。私はあのあと仕事だったんだけど用事があって那美に電話しても通じないし、何かあったのかと思って」

百合子が安心した様子を見て、愛実は胸が痛んだ。
気まずい思いを悟られないように、愛実は話題を変えようとした。

「あの・・・、お仕事はいつも遅いんですか?」
「そうなの。飲食関係でね、夜の1時まで仕事なのよ。帰りは2時くらいにはなっちゃうわね。だから、那美とはいつもすれ違い。なかなか落ち着いて話ができないの」

「そうですか、寂しいですね」
「でも、あの子は私がいなくても全然平気みたい」
「え?」
愛実は、百合子の言葉に素直にうなずけなかった。

「那美が中学2年生くらいからかな。だんだん口のききかたが荒くなってきてね。反抗期だからしょうがないって思っていたんだけど、このごろは必要なこと以外はほとんどしゃべってくれなくて」

愛実は驚いた。
日頃からおしゃべりな那美のことだから家でも同じように過ごしていると思っていた。

まさか、そんなことになっていたなんて。
(そういえば那美は自分の家のことは、ほとんど話さなかったな・・・)

「昨日、愛実ちゃんのお母さんからきいたんだけど、愛実ちゃんもお母さんとうまくいかないときがあったの?」

いつの間にふたりは、そんな話をしていたのだろう。愛実は驚きつつも答えた。

「そうですね・・・。母が仕事に追われて私のことを全然見てくれなくなって、私なんていなくてもいいのかなって、思ったんです。それで・・・」

「そうだったの。那美はどう思っているのかしら。でも私も、あの子を学校に行かせるためには働かないといけないし。できれば、ほんとうはもうひとつ仕事を増やしたいの」
百合子は、愛実に話すというより最後は独り言のようにつぶやいた。

「那美は―、ほんとうは寂しいと思うんです!」

思いがけない言葉に、百合子は驚いて愛実を見つめた。

愛実のなかに、どうしても百合子に伝えなければならないという思いがあふれ出た。
考えるより先に、勢いよく言葉を続けていた。

「私、那美のことをあまり知らなかったって、最近気がついたんです。家のことだって、全然話してくれないし。でも―、ほんとうは寂しくて、誰かにそばにいてほしいと思うんです。だから、那美のこと、ちゃんと見てあげてください!」

百合子は返す言葉を失っていた。
沈黙に気づいた愛実はハッと我に返った。

「す、すみません! 私、生意気なこと言ってしまって」
「いいえ、愛実ちゃん、ありがとう。那美にいいお友達がいてよかったわ」

百合子はようやくおだやかな表情になった。
そして、ちらっと腕時計に目を向けた。

「あら、もうこんな時間! ごめんなさいね。買い物の途中なのに立ち話してしまって。また時間があったらお話聞かせてね」
そう言い残すと足早にレジへ向かって行った。

 
つづき 第 5 話 へ