第9話 愛を学ぶために

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「先生、私どうしても納得できないんです。私の両親は離婚しました。父親との縁はそこで切れました。それも全部、約束してきたことなんですか?」

那美なみは真剣な顔で言った。久恵ひさえは優しい目で那美を見ながら答えた。

「親が離婚するのは子どもにとってはどれほどつらかったか。かわいそうに。でもね、それは約束してきたことじゃないよ。お父さんとだってほんとうは一緒にがんばるはずだったんだ。でもこの世で生きていると、うまくいかなくなることもあるんだよ」

久恵は那美に微笑みかけた。
「たとえつらいことがあったとしても、自分の置かれた状況の中でどう乗り越えていくかが大事なんだ。神様は乗り越えられない試練は与えられないんだよ」

それを聞いた、那美の目から涙がこぼれ落ちた。もうこれ以上、自分の思いを心の中に押さえ込んでおくことはできなかった。

「私、お母さんがあんな父親を選ばなければこんなことにならなかったのにって、ずっと思ってました。家は貧乏で、お母さんは夜働きに出て私はずっとひとりでした。すごく寂しかったけど、誰にも言えなかった・・・」

那美は泣きながらしゃべっていた。久恵はただ優しくうなずいて聞いている。

「那美・・・」
百合子ゆりこは初めて那美の本音を聞いて、かなりショックを受けていた。

久恵は百合子に向かって言った。
「山田さん、娘さんは勇気を持ってあんたにぶつかってきてくれたんだ。あんたも本音で返さないと」

百合子は言葉を選びながら言った。

「私は・・・、自分なりに一生懸命やってきたつもりでした。前の夫がお酒を飲むと暴力を振るって、だんだんひどくなっていったんです。このままでは殺されるかもしれないと思い、離婚を決意しました。那美を守らなきゃいけないと思って」

那美はうつむいたまま百合子の話を聞いていた。

「那美が中学校にあがるとますますお金がかかるので、昼間のパートではやっていけなくなりました。知り合いが飲食店を経営していて、夜だったらいいお給料を出してくれるというので、仕事を変えました。でも・・・」

百合子は泣きそうになりながら必死で言葉を続けた。

「那美には申し訳ないことをしました。那美のためと思いながら、私はちゃんと那美のこと見ていなかったのかもしれません・・・。ずっとつらい思いをしていたのに気づかないなんて・・・」

百合子の目から涙があふれ出す。

久恵は優しく言った。
「お互いに相手を思いやっていたのに、心がすれ違ってしまう。よくあることだよ。どこの家族にだってみんなある。だからこそ、うまくいかなくなったときは本音でぶつかるしかないんだ。家族だからそれができるんだよ」

愛実めぐみは大きくうなずいた。そして百合子たちに向かって言った。

「私、ちょっと前までは両親と仲が悪くて、もしかしたら憎しみさえあったかもしれません。私なんていなくてもいいんだって、愛されてないんだって思ってました。でも先生が私とお母さんをつないでくれて、思いを伝えあうことができたんです」

愛実は力強く言った。

「だから、おばさんと那美にもちゃんと向き合ってほしかった。絶対に分かり合えるから。私たちがそうだったように」

久恵はみんなに優しく語りかけた。

「子どもが親に向ける憎しみは、愛がほしいっていう叫びだよ。でもそれに気づかない親は多い。自分は子どものために一生懸命やっていると思ってる。でもその方向が間違っているときもあるんだよ。まあ、親だって完璧じゃない。だからこの世に学びに来てるんだ」

みんなが久恵の言葉に聞き入っていた。

「一人ひとりの魂は、いろんな歴史を持ってるんだよ。私たちは何度も何度もこの世に生まれて、いろいろな人と家族になって学んでいる。今回あんたたちは親子になることを選んできた。それがお互いにとって、愛を学ぶためにいちばんいい状況だったからさ」

百合子と那美は初めて聞く話だったが、なぜか久恵の言葉が心地よく心の中に入ってくる。

「みんな学びの途中なんだよ。失敗だってある。だからお互いに理解し合おうとする努力も必要さ。助け合い、赦し合い、ときにはぶつかり合いながら学んでいくんだ。何があっても愛することをあきらめちゃいけないよ」

智実ともみが口を開いた。

「先生、私が相談したときにおっしゃいましたね。愛の反対は無関心だと。それがいちばん子どもを傷つけるんだと」

久恵は智実に向かってにっこりした。

「そうさ。子どもと向き合うことから逃げちゃいけないんだよ。愛しているなら、全身全霊でぶつかっていかなきゃ。それが愛を学ぶってことさ。私たちはそのためにこの世に生まれたんだからね」

百合子は顔をあげ、久恵に向かって言った。

「私は娘に嫌われたくなかったのかもしれません。離婚の後ろめたさもあって、那美に対して負い目を感じていました。那美と正面から向き合うことを恐れていました。それが逆に那美を傷つけていたとしたら・・・」

ほんとうに申し訳ない。その言葉は涙で口にすることはできず、百合子はうつむいた。

 
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