第1話 届かない思い

登場人物紹介

 

援助交際をしていたことを広樹ひろきに知られ、別れを告げられたあの日―。
それは、愛実自身が大きく変わった日でもあった。
失意の中、一度は命を絶つことさえ考えた。

そんな時、思いがけず叔母の出産に付き添うことになった。
そこで出会った助産師の久恵ひさえに聞かされた話は、すべてが新鮮で愛実の心に響いた。
お陰で母親とのわだかまりも次第に解けていった。

あれから3週間。
高校生活初の文化祭が終わり、定期試験まではまだ時間があった。

学校帰り、愛実は久しぶりに那美なみとふたりでカフェにやってきた。

那美は席に着くなり、話を切り出した。
「愛実、まだ新しい彼氏つくる気にならないの?」

「えっ? だってまだ、3週間だよ」
愛実は一瞬言いよどんだが、苦笑いしながら続けた。
「だいぶ立ち直ったけど、まだとてもそんな気になれないよ」

「広樹くんのこと、忘れられないんだ」
那美は、うつむく愛実の顔をのぞきこんだ。

「そうかもね。もう二度と会えないって分かってるんだけど」

愛実は、広樹のことを考えないようにしていた。でも、気がつけばいつも頭の中は広樹のことでいっぱいだった。
別れ際の広樹の顔を思い出しては、落ち込んでいた。

この数週間、文化祭の準備で授業中や放課後は結構忙しかったのがせめてもの救いだった。

「元気出しなよ。気が向いたらいつでも合コンのセッティングしてあげるからさ」

愛実は、いつも前向きな那美がうらやましかった。励ましてくれるのはうれしかったけれど、今はとてもそんな気にはなれなかった。

それよりも、今日は那美に伝えたいことがあった。愛実は那美の顔をまっすぐ見つめると、いつになくまじめな口調で話し始めた。

「私ね、広樹くんと別れた日、いろんなことがあったの。あまりにもいっぺんにいろいろあって、広樹くんに振られたことを忘れちゃいそうになったくらい」
「え? いろいろって、何があったの?」

愛実は、あの日起きた出来事をすべて那美に聞かせた。

「そう。たいへんだったんだね。でも、お母さんと仲直りできてよかったじゃん」
那美は明るく言った。

「ホントは私、お母さんにかまってほしかったんだと思うの。でも、お母さんは全然私のことなんて見てなかった。そしたらなんだか悔しくて、悲しくて―。どこかでお母さんの嫌がることをしてやるって、思ってたのかもしれない。私なんてどうなってもいいんだって、そう思ったんだ・・・」

愛実は、あの頃の自分を思い出すと悲しみがこみ上げてきた。

「でも、私のことを本気で心配してくれる人ができたのに、援交をやめられなかった。私は広樹くんのことを裏切っちゃったんだ。ホントにバカだった」

那美はテーブルを見つめたまま、黙って聞いていた。

「ねえ? 那美はなんで援交するようになったの?」
那美はちょっとびっくりしたように愛実を見たが、すぐに笑いながら言った。

「愛実って、ホント素直だね。あんたが援交してたなんて、誰も思わないだろうね。もちろん、私は誰にも言うつもりないけど」

「那美、はぐらかさないで! 私けっこう真剣なんだから」

「なんで援交するかって? そりゃあ、やっぱりお金がいいからだよね。普通にバイトしてたら、あんな金額そう簡単には手に入らないでしょ」
那美は、悪びれた様子もなく言った。

「そ、それはそうかもしれないけど。でも、好きでもない人とするんだよ。もしかしたら、子どもが産めない体になっちゃうかもしれないって、あの助産師さんが・・・」

おとなしく聞いていた那美は、眉をひそめて強い口調で言った。
「その助産師って人、怪しくない? 神様の話とか。親と子が生まれる前にあの世で約束してくるとか。もしかして、変な宗教やってんじゃないの?」

「そ、そんな・・・。そんなことないよ! あの人は―」
そう言いかけたが、愛実は久恵のことをほとんど知らないことに気づいた。

「今度、那美にも紹介するよ。会ってみれば怪しい人じゃないって、すぐわかるよ」
「私はいいよ。悪いけど、あんま興味ないから」

那美のそっけない反応に愛実は少しがっかりした。だが、めげずに言った。
「わかった。無理にとは言わないよ。でも、那美には私みたいなつらい思いをしてほしくないの。
自分もつらいけど、大事な人も傷つけることになるんだよ。だから・・・」

「愛実―。心配してくれてありがとう。でも、私は大丈夫。自分のことは自分でちゃんとするから。ゴメン。今日は―、先に帰るわ」

那美は一方的に話を終わりにすると「じゃあ」と一言残して立ち去っていった。

「那美・・・」
(私の言い方がまずかったのかな・・・。どうしたら分かってもらえるかな)

『愛実、あきらめないでがんばって! 私も応援するわ!』
ずっとかたわらで見守っていた守護霊は、落ち込んでいる愛実を元気づけようと愛の思いで抱きしめた。

愛実には何も聞こえなかったが、あきらめてはいけないような気がしていた。

 
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