第7話 那美なみの本音

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愛実めぐみの部屋でふたりは話をしていた。

「それにしてもその男、いったい那美のことどうするつもりだったのかな。睡眠薬まで飲ませて拉致監禁なんて!」

「そうよね。サイトの書き込みには『デートだけ』ってあったけど・・・。会う目的はそれじゃなかったんだよね」

最近は予想もしない事件が次々とニュースで流れている。もはや他人事ではない。

愛実はいつになく強い口調で言った。
「那美、もう絶対出会い系なんて利用しちゃダメだよ。私、あれからネットで調べたんだけど、トラブルに巻き込まれる子、けっこう多いんだって。無事に逃げられたのは奇跡だよ」

「心配かけてホントにゴメン。もう二度とやらないよ」
那美は心から謝った。この親友がいてくれなかったら自分はどうなっていたのだろう。そう思うとゾッとした。

「愛実、一緒にいてくれてありがとう。今日はひとりじゃ無理だった」

「明日は休みだし、夜更かししても平気だからね。一晩中しゃべっててもいいよ」
愛実の言葉に、那美の心が開放されていく。

「じゃあ・・・私の話、聞いてくれる?」
愛実にだったらすべて言えそうな気がした。那美は今まで胸の奥にしまっていたことを話し始めた。

「私が小学校5年生のとき、親が離婚したの。父親は私が物心ついたころには毎晩お酒を飲むようになっていたの。酔っぱらうとお母さんに暴力をふるってた。それで、私たちは逃げるようにして家を出てきたの」

「そうだったんだ・・・。それ以来、お父さんとは?」
「全然会ってない。どこにいるかも知らないし。べつに知りたいとも思わないけどね」

那美は淡々と言った。今さら父親のことは思い出したくなかった。

「そんなわけで母子家庭になっちゃったから、お母さんは働きに出たの。最初は昼間のパートだったんだけど、やっぱりお金がよくないから、夜の仕事に変わったの」

「それって、いつごろなの?」
「私が中学生になったときかな。夕方6時くらいに出て行って、帰ってくるのは大体夜中の2時過ぎ」

那美はそう言い終えると両手で膝を抱きよせて、目をふせた。

愛実には那美の気持ちが痛いほど伝わってきた。
「じゃあ・・・、その間ずっとひとりなんだ。・・・寂しいよね」

愛実の言葉に、那美は素直に答えた。
「うん・・・。すごく寂しくて、夜が怖くて仕方なかった。でもお母さんは私のためにがんばってるんだから、我慢しようって思ってた。それなのに・・・」

那美はちょっと険しい表情になった。

那美が中学2年のある日。学校から帰ると、男物の靴が玄関に置いてあった。
(あれ、誰だろ? お客さんかな?)

「ただいま」
那美が入っていくと、スーツ姿の男性がダイニングテーブルに座っていた。

隣には母親の百合子ゆりこがいて、一緒にお茶を飲んでいた。那美の帰宅に気づくと、いつになくうれしそうな顔をしてやってきた。

「那美、おかえり。今お客さんが来てるの。紹介したいからこっちに来て」
那美は百合子に引っ張られて男性の前に座らされた。

男性は一見すると普通の会社員だが、ベンチャー企業の経営者という話だった。那美にはどんな仕事なのか説明されてもわからなかった。

百合子が男性を見るときの目は、まるで恋する乙女のように輝いて見えた。
那美はこみ上げてくるいらだちを抑えきれずに言った。

「ふたりは付き合ってるの?」

那美のあからさまな質問に、百合子と男性は顔を見合わせて沈黙した。
どう答えようか迷っているようだ。

「別に私に気を遣わないでください。お母さんみたいな頼りない人に誰かいてもらえたら、私も安心できます」

那美は精いっぱい冷静さを装ってはいたが、どこまで我慢できるかわからなかった。

百合子がようやく口を開いた。
「那美・・・。お母さんね、この方とお付き合いしたいと思ってるの。それを那美にもちゃんと知っておいてもらいたくて」

一瞬の間があったが、那美は淡々と答えた。
「そう、わかった。あ、私、このあと友達と約束があるからもう出かけるね」

那美は一刻も早く逃げ出したかった。男性にあいさつをすると席を立った。

「那美! お母さんいつもどおり仕事に行っちゃうけど、お夕飯冷蔵庫にあるからね。ちゃんとお野菜食べるのよ」

「わかった。いってきます」
那美は家を飛び出した。行く当ては特になかったが、今は家にいたくなかった。

「あのときは自分でもよくわからないけど、ショックだった。自分の親に彼氏がいるなんて思ってもみなかったし」

「そうだよね・・・。でも那美は大人だね。受け入れたんでしょ?」

「表面的にはね」
那美は視線を落として唇をかんだ。

「家を出て、うろうろ歩きながらずっと考えてた。お母さんに見捨てられたような気がしたの。私は夜が怖いのをずっと我慢してたのに、お母さんはいつの間にか男つくって、私のことなんて気にしてなかったんだなって」
那美の声が震えた。

「そう思ったら悲しくなってきて、そのうちだんだん腹が立ってきちゃってさ・・・。それからかな、お母さんとあまり話さなくなったのは。しゃべると怒りをぶつけてしまいそうで、避けるようになっていったんだ」

「そうなんだ・・・」
愛実は百合子のことを思い出していた。

そういえば、那美があまりしゃべってくれないと言っていた。
原因はこのことだったのか。

「那美のお母さんはまだその男の人とお付き合いしてるの?」
「たぶんね。たまに、明け方に帰ってくることがあるの。おそらく男と一緒にいるんじゃないの」

淡々と話をしていた那美が、ぶっきらぼうに言い放った。

「私・・・あの母親に人生振り回されてるのよ!」
那美は感情を抑えきれなくなり、肩を震わせながら叫んだ。

「あの人のせいで、私はつらい目に遭ってるのよ。お金がないから古いボロアパート暮らしで、恥ずかしくて友達も呼べなかった。話をしたくても話す時間がほとんどなかった。私がこんな思いしてるのも知らず、あの男と一緒に自分だけ幸せになろうとしてるの。愛実、どう思う?」

那美は母親を許せないという強い思いに縛られていた。
母親のことはもちろん好きだったし、自分のためにがんばってくれていることは頭ではわかっていた。

でも、ひとりぼっちの家はあまりにも寂しかった。
たまの休みでも忙しそうにしている母親を見ると、那美は甘えることすらできなかった。

学校であったことや小さな悩みを聞いてもらいたくても、すべて自分の胸の中にしまっていた。

百合子が男性を連れてきたあの日、那美の中で必死にこらえていたものが崩れ落ちていった。

那美の心がここまで深く傷ついていたなんて。

「私も那美の気持ちわかるよ。ずっと、いろんなこと我慢してたんだよね。今でもお母さんに言わないなんて、すごいよ。私は我慢できなくて怒鳴っちゃったもの」

「へえ~、愛実が? あのお母さんに? 見たかったなあ」

愛実と那美の守護霊は、その様子を見ながら話しをしていた。
『やっぱりあの人の助けを借りるしかないんじゃない?』
『そうね、それがいちばんいいかもね』

そんな守護霊の思いが伝わったのだろうか。
愛実は、那美と百合子の親子関係を取り戻したいと思った。
(このままじゃいけない。なんとかしなくちゃ)

「ねえ、那美。お母さんと話し合ってみない? このままじゃストレスたまる一方だよ。だから援交するようになったんじゃないの? お金稼いで好きなもの買って、気持ちを紛らわしてたんじゃない? でも、それはホントの解決にはなってないよ」

「・・・話し合うなんてムリだよ。私、怒っちゃうと思うし」

「いいんだよ、怒ったって」
愛実の優しい口調に、那美は顔をあげた。

「ちゃんと自分の気持ち話そうよ。大丈夫、いい人がいるの。私はその人に助けてもらったの」
愛実は明るい声で言った。

「いい人?」

「とにかく、お母さんとちゃんと向き合わなきゃ。私が全部段取りするから、任せて!」

那美は少しあっけに取られていたが、愛実を信じてみようと思った。

「わかった。愛実が一緒にいてくれるなら」
ようやく那美に笑顔がもどった。
愛実の心にも安堵が広がった。

ふたりの守護霊もメッセージが届いたことにホッとし、顔を見合わせて微笑んだ。

 
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