第6話 脱出

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那美なみはスピーカーボタンを押した。
これなら手ぶらで話せる。

焦っている那美は、叫ぶように電話に出た。
「もしもし、愛実めぐみ!?」

愛実は那美の勢いに驚いた。
「那美? どうしたの? なんかあったの?」

「それがさ、今日会った相手がヤバい奴だったみたいで、監禁されてるの! 今から手足のヒモ切って逃げるから、そのまま電話つないでて!」

「え? 那美、なに笑えない冗談言ってるの?」

「ホントだって! 縛られてるの。今、ハサミで切ろうとしてるの!」
那美は不自由な手で必死にハサミを操っていた。

スピーカーから那美の緊迫した声が途切れ途切れに聞こえてくる―。
愛実は、ようやく那美が危ない状況にあることを理解した。

「那美、警察に連絡するよ。どこにいるの?」
「寝てる間に車で連れてこられたからわかんない。たぶん、男の家だと思うんだ。今、そいつ出かけてるみたいだから」

愛実はどうしたらいいのかわからなかった。那美が必死でヒモを切ろうとしている音を聞いているしかなかった。那美が脱出しないと居場所も分からない。

とにかく、那美が逃げるまで男が帰ってこないことを祈るしかなかった。

「愛実、聞いてる? なんかしゃべってて!」
「なんかって・・・。あのね、夕方からずっと那美のことが頭に浮かんできて、なんだかわかんないけどイヤな予感がしてたの。予感的中ってこと? もう、なんで悪い予感が当たっちゃうのよ! 那美、戻って来たら説教だからね!」 

「はいはい、無事に戻れたらいくらでも聞くわよ。あともうちょっと・・・。あ、ヒモ切れた!」

両手両足が自由になると、那美はバッグをつかんで玄関に行った。ご丁寧に那美の靴がそろえて置いてある。

鍵を開けて外に出ると、右に曲がってすぐのところにエレベーターがあった。

「ここ、最上階の11階なんだ。けっこう大きいマンションみたい」
那美は愛実にだけ聞こえるようにつぶやいた。

下向きのボタンを押す。エレベーターがゆっくり下からあがってくる。
早く! 早く来て! 

那美は焦りと恐怖で待ちきれない気持ちだった。

愛実は急に、エレベーターに乗った男と那美がはちあわせるような不安を覚えた。
「那美、エレベーターから男が出てくるかもしれないから、一度隠れて!」
「う、うん。わかった」

那美は急いでエレベーターの入り口から見えないところに隠れた。
すると、ほんとうにそこからあの男が降りてきた。那美は驚いて危うく声を出しそうだったが、必死に自分の口をふさいだ。

男は玄関の鍵が開いているのに気づき、慌てた様子で中に入っていった。
その隙に那美はエレベーターに乗り込み、マンションから脱出した。

那美は電車を乗り継ぎ、1時間かけて最寄り駅に帰ってきた。
夜10時を回っていたが、愛実は駅まで那美を迎えに行った。
「那美!」

愛実が手を振ると、那美が駆け寄ってきた。
「那美、よかった~! ホントに心配したんだからね!」
「うん、ゴメン・・・」
那美は愛実に抱きついて泣き出した。

なんとか家までたどりつかなければと気を張っていたのだが、愛実の顔を見てホッとしたのと同時に、恐怖がよみがえってきた。体の震えが止まらない。

「那美、大丈夫だよ。もう大丈夫だからね。私がついてるから」
愛実は那美を精いっぱい抱きしめた。

那美は愛実の温かさに包まれて、少しずつ落ち着きを取り戻していった。
(なんだろう、この感覚。ずっと忘れていたような。昔、お母さんにこうしてもらったような気がする)

自分には心配してくれる人なんていないと思っていた。でも、目の前の親友は自分のことを心から案じてくれている。

「那美、今日うちに泊まりなよ。お母さん、仕事で遅いんでしょ?」
「え、でも・・・」
「いいから! 着替えは私のがあるし」

いつもは自分のほうが姉役だと思っていた那美だったが、今日は愛実のほうがお姉さんに思えた。愛実の優しさがうれしかった。

「わかった、ありがとう。でも愛実の服、私のセンスに合うかなあ~」
「あ~、そういうこと言う? じゃあ、すっごいダサイの着せてあげるから」
「え~、やだあ!」
ふたりは笑いながら愛実の家に向かって歩いていった。

家に着くと、母の智実ともみが待っていた。
「那美ちゃん、いらっしゃい。遅くまでたいへんだったわね。さあどうぞ」

那美は驚いた。すでに愛実の母親も事情を知っているのだろうか?

「こんな遅くまでモデルのバイトだなんて。お腹空いたでしょ。愛実が急に那美ちゃんが来るって言うもんだから、何も用意してなくて。大したものないけど、よかったら食べてね」

那美は愛実を見た。
愛実は智実の見えないところでピースサインを出した。
「那美、早く食べて! 部屋で遊びたいんだから」

それを聞いた智実は笑いながら言った。
「愛実ったらそんなにはしゃいで。あんたもまだまだ子どもね」
「いいでしょ~! だって、友達が泊まりに来るなんて久しぶりなんだから」

那美はそんなふたりの会話を聞きながら、とてもうらやましく思った。
温かい料理と愛実たちの優しさに、那美はまた涙が出そうになるのをこらえていた。

その様子をずっと見守っていた那美の守護霊は、那美を包むように寄り添い、涙を流していた。 
 
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