第3話 那美なみと母親

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定期試験が終わり、年末を前に三者面談が始まった。愛実めぐみの通う高校では1年生でも、翌年からの受験対策に向けて保護者も交えて先生と話し合いの場をもうけていた。

愛実と母の智実ともみは廊下に並べられた椅子に座って待っていた。
前の親子の話が長引いていて、予定の時間を過ぎていた。

本来なら、愛実の面談が終了するというころ、次の面談予定の那美と母親の百合子ゆりこがやってきた。

「愛実! まだ入ってないの?」
「うん。まだ前の人が、終わらないのよ」

愛実は那美の母親に気づき、あいさつをした。
「はじめまして。牧原愛実です」

「はじめまして。まあ、那美のお友達? よろしくね。那美は、あまり学校の話をしないものだから・・・」

「もう、余計なこと言わないで」
那美は母親の言葉をさえぎるように、冷たく言い放った。

愛実は、那美の母親を見るのは初めてだった。百合子は明るく親しみやすい印象だ。服装は少し派手に感じるが、センスはいい。那美のおしゃれ好きは、母親の影響なのだろうと思った。

「愛実、あっちで座ろう」
愛実がいつまでも母親を見ているのが気に入らないのか、那美は愛実の手を引っ張って、少し離れた椅子に連れて行った。

「那美、お母さんきれいな人ね。でも、どうしたの? ケンカでもしてるの?」
愛実は母親たちに聞こえないように小声で言った。

「いや、そういうわけじゃないけど・・・」
ぼそっと言うと、突然テンションを上げた。

「それよりさ、ちょっと聞いてよ!」
そう言うと、那美は合コンで出会った変な男の話を、面白おかしく話し始めた。

その横では、愛実の母・智実と那美の母・百合子があいさつを交わしていた。
「はじめまして。山田と申します。娘がいつもお世話になっております」

「牧原です。こちらこそお世話になっております。
前に一度だけ那美ちゃんがうちに遊びに来たことがあったんですが、私は出かける直前だったのでほとんど話しができなかったんです。でもきちんとあいさつのできるいいお嬢さんだなと思っていました」

智実の目には、百合子の装いは面談の場にはそぐわない気もしたが、話してみるときちんとした人なのだと感じた。

「そうですか。私、仕事が夜なのであまり那美と話をする時間がなくて。あの子も反抗期なのか、何を聞いてもまともに返事が返ってこないんです。困ったものだわ」
百合子は苦笑いしながら言った。

智実は少し前の自分と愛実の関係を思い出していた。
「実は、うちの娘もちょっと前までは、同じでしたよ」
「えっ、そうなんですか?」
智実はちらっと愛実のほうに目を向けた。
愛実は那美との話に夢中になっている。

「お恥ずかしい話ですが、仕事が忙しくて子どものことは二の次になっていました。もう高校生だし、大丈夫だろうと思っていたんです。でも、その無関心さが娘を傷つけていたようで、どんどん溝が深くなってしまったんです」

百合子は智実の思いがけない話に思わず身を乗り出して聞いた。
「それで、どうなったんですか?」

「実は、他人様に言われるまで気が付かなかったんです。ついこの間のことです。ちゃんと子どものことを見てやっているのかって言われて。あの子にはその場で謝って、それから少しずつですが、普通の会話ができるようになりました」

「そうですか。それはよかったですね」
百合子はほっとしたように言った。

「私はいつの間にか世話をしてあげている、育ててあげているという気持ちになっていたんですね。傲慢ごうまんな母親でした」
智実は自嘲気味に言うと更に続けた。

「愛の反対は無関心なんだそうです。その方に教えられました。私は無関心なつもりはなかったんですけど、確かに娘のことより仕事のことを優先しすぎていました。娘には寂しい思いをさせて申し訳なかったなと思っています」

百合子は智実の話を聞いて、複雑な気持ちになった。
黙ったままの百合子を見て、智実ははっと我に返った。
「あら、ごめんなさい。こんな暗い話をするつもりじゃなかったんですけど」

その時、ようやく教室から面談を終えた親子が出てきた。
「牧原さん、たいへんお待たせしました。中へどうぞ」
先生に声をかけられると、智実は百合子にあいさつし、愛実を急き立てて中へ入った。

あとに残された那美と百合子は、お互い少し離れた椅子に座り沈黙していた。

那美の面談が終わったのは、午後5時を過ぎていた。予定より30分以上も遅れていた。

廊下に出ると、百合子は時計に目をやり慌てた様子で那美に言った。
「あらいけない。お母さんもうすぐ出勤時間だから急いで家に帰って支度するわ」

「そう。私ちょっと愛実に電話するから、先に帰ってて」
「わかった。ちゃんとお夕飯食べてね。用意してあるから」
そう言うと、百合子は廊下を小走りで去っていった。

那美は母親の姿が見えなくなると、愛実に電話することもなく、繁華街へ向かっていった。

那美の心はもやもやと霧がかかっているような、スッキリしない気分だった。
文化祭のあと、愛実とカフェで話をしたあの日からだった。

自分には分からない何かが、心の中に引っかかっていた。

愛実のまっすぐな瞳。
そして、素直な言葉。

-私ホントは、お母さんにかまってほしかったんだと思う。でもお母さんは全然私のことなんてみてなかった。そしたらなんか悔しくて悲しくて、どこかでお母さんの嫌がることしてやるって思ってたのかもしれない-。

那美はふと思った。
(まさか、私もそう思っているってこと?)

はっと我に返った那美は、すぐさまその思いを否定した。
(そんなはずない。今さらあんな親にかまってもらっても、うっとうしいだけよ。援助交際は私が好きでやってるんだから。男なんてみんなバカばっかりだし、お金稼ぐのは簡単だもの)

那美の守護霊は、那美の様子をずっと悲しそうに見ていた。

『那美、あなたの心の傷はとても深いみたいね。自分のほんとうの気持ちにふたをしてしまって。でもそれに気づかなければいけないのよ』
しかし、守護霊の声は那美には届かなかった。

デパートのトイレで私服に着替えたあと、那美はお気に入りのブランドショップに入った。
欲しい洋服やバッグがたくさん置いてある。
どれも高校生が簡単には手の出せない価格のものばかりだ。

(かわいい! 絶対これ欲しい! よし、今日お金が入ったら早速買いに来よう)
那美のテンションがようやく上がってきた。
そして、援交相手との待ち合わせ場所に向かって行った。

『那美、そんなことしたって満たされないわ。あなたは心の隙間をモノで埋めてるだけ。どうか気づいて! 援助交際なんて、ダメよ!』

そんな守護霊の声を感じ取ることもなく、那美は男と一緒に夜の街に消えていった。

 
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