第12話 久恵の秘密

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久恵ひさえにお礼を言って別れた親子は、それぞれの家路に着いた。

智実ともみは、愛実めぐみの援助交際のことは、夫に今は言わないことにしようと決めた。
自分以上にショックを受けることは想像できる。

智実自身も、久恵の話がなかったら愛実を受け入れられたかどうかわからなかった。

自分たち親子があの世で一緒にがんばろうと約束して生まれてきたこと。そのことを信じることができたからこそ、赦すことができたのだ。

久恵の話の余韻にひたりながら、ふたりとも黙って歩いていた。
智実がふいに、笑みを浮かべた。

「お母さん、何考えてるの?」
「あの先生、不思議な人よね。神様やあの世の話なんて、ほかの人からされたら間違いなく変な宗教だと疑ってかかるんだけど・・・なぜかほんとうだって思うのよね」

「きっと先生は、神様と同じ愛をめいっぱい出し続けてるんだよ。私たちはみんな、神様の愛を感じられるんでしょ。だって神の子だから」

なるほど、そうかもしれない。智実は愛実の言葉に納得した。

母との関係が修復して、しばらく過ぎたころ―。
那美なみは、自分を拉致監禁した男のことが気になっていた。

もしかしたらまた被害者が出るかもしれない。
そんなある朝。テレビをつけると、なんとあの男が逮捕されたというニュースが流れていた。

「お母さん、見て! この男よ! 私を監禁したのは」

男は那美にしたのと同じ手口で10代の少女に睡眠薬を飲ませ、自宅に連れ帰ったようだった。
しかし、少女が逃げ出して警察に駆け込んだため、事件が発覚し逮捕されたのだった。

那美は男が捕まったことにホッとしたが、改めて自分のしたことがどれだけ軽率だったか反省していた。

お金のために軽い気持ちでやったことが、犯罪に巻き込まれる危険性があることを思い知らされた。

もしかすると、自分の将来や命までも失ってしまったかもしれないのだ。

(私には大事な人たちがいる。その人たちを悲しませるようなことはもう二度としない)
那美は改めて心に誓った。

ある日曜日の午後。愛実と那美は久恵の家の玄関前に立っていた。
あの話し合いから1か月が過ぎようとしていた。

「先生、まだ帰ってこないのかな。もう約束の時間30分も過ぎてるよ」
那美が時計を見ながら言った。

「しょうがないよ、急にお産が入っちゃったんだし。難産なのかもしれないよ」

愛実がそう言ってふと目をあげると、遠くから久恵が息を切らせながら走ってくるのが見えた。

「ごめん、ごめん。だいぶ待たせちまったね。さあ、お入り!」

愛実と那美はリビングに通された。
ふたりが持参したケーキを囲みながら、3人は楽しそうに話し始めた。

「那美ちゃん、あれからお母さんとはどうだい?」

「先生のおかげで、お母さんとはすごくいろんなことしゃべるようになりました。お母さんの彼氏とも会いました。前に見たときは気づかなかったんですけど、けっこうイケメンなんですよ! それに、お母さんのことホントに大事に思ってくれてます」

「そりゃあよかったね! もしかして、結婚も近いのかい?」

那美は愛実と顔を見合わせた。そして少し複雑な表情を浮かべて言った。

「いえ、結婚はまだ・・・。やっぱり私、あの人をお父さんとは呼べそうになくて。一緒に住むのもちょっと今は考えられないんです」

そんな那美を気遣って、愛実は明るく言った。

「高校卒業したら私たちお互いに家を出て、一緒に住もうかって話してるんです。そうすれば那美のお母さんも結婚できるし。」

「なるほどね。まあ、卒業まではあと2年あるし、親子でよく話し合って決めればいいさ。」

久恵は二人を見ながら言った。

「この人生は一度きりだ。同じ人生なんて2度とないし、次の人生で同じ人と同じ時代に生まれるとは限らない。だから失敗を恐れずに、自分の心に正直に生きてみなさい。家族だけじゃなく、この世で出会った人とはみんな縁があって、お互いに学び合うために生まれているんだ。あんたたちもきっと、あの世でがんばろうと誓い合ってきたんじゃないかね」

久恵の言葉に、愛実と那美は顔を見合わせて笑った。

愛実は前々から思っていたことを久恵に質問した。

「先生は、どうしてあの世のこととか、神様のことに詳しいんですか?」

久恵は一瞬迷ったが、思い切ってほんとうのことを言うことにした。

「私は一度死にかけてるのさ。そのとき、あの世の世界を見てきたんだよ」
「え?」
愛実と那美は同時に声を上げた。

「まあ、信じるか信じないかはあんたたち次第だけど、私は自分が見てきたこと、理解したことを伝えてるだけなんだ」

「ええ~?」
愛実も那美も驚いて叫んだ。

「私にしてみたら何日もかけてあの世を見てきたと思ってたんだけど、この世に戻ってきたら1時間くらいしかたってなかったらしいのさ」

答える久恵にいつものような元気さはなかった。

那美が聞いた。
「どうして死にかけたんですか? 病気かなにか?」

久恵は少し寂しげな表情になった。
「いや、事故に巻き込まれてね。一度はほんとうに心肺停止になったらしいんだけど、どういうわけかこの世に戻されたのさ。まあ、これも私に与えられた役目なんだろうね」

愛実と那美は、久恵の様子にこれ以上聞いてはいけないような気がした。

愛実は気分を変えるように明るく言った。
「先生、私たち先生の言うこと信じてますよ。それに、ほんとうに感謝してるんです。またお話きかせてくださいね」

それを聞いた久恵はにっこりした。

ふたりが帰るとき、久恵は玄関で見送ってくれた。愛実は名残惜しそうに言った。

「先生、今日はありがとうございました。またお邪魔してもいいですか?」
「もちろん。またいつでもおいで」

久恵の言葉に、那美も喜んで言った。
「先生、私もまた絶対来ます! さよなら~!」

久恵は二人に手を振った。その眼には二人の守護霊も見えていた。

久恵は事故のあとから見えない世界の存在が見えるようになっていた。しかし、声が聞こえたり会話ができるわけではなく、なんとなく雰囲気から察するような感じだった。

(あの子たちのこと、引き続き見守ってやっておくれよ)
久恵は守護霊に心の中で語り掛けた。
二人の守護霊たちは久恵に笑いかけ、手を振っていた。

部屋に戻った久恵は仏壇の前にある写真に語りかけた。

「こうやってあの子たちの力になってやれるのなら、私だけがこうしてひとり生き残った意味はあるんだろうね」

写真の中では高校生くらいの女の子と、その父親らしき人物が笑っていた。

「私もずいぶん年を取ってしまったよ。あんたたちに会えるのはもうすぐかね」

久恵は写真に向かって微笑んだ。
そばにいる久恵の守護霊は、久恵を包み込むように精いっぱいの愛を送っていた。

(おわり)