第2話 愛実めぐみの決意

第1話はこちら

 

帰宅した愛実めぐみは、早々に宿題を始めたが一向にはかどらなかった。問題集は手つかずのままで、那美なみのことを考えていた。

(そういえば、那美のお父さんやお母さんの話って、あまり聞いたことなかったな。小学校5年生のときに両親が離婚して、それからお母さんとふたり暮らしっていう話しか・・・)

忘れもしない。
那美との出会いは、高校の入学式の日だった。

入学式が終わったあとの、初めてのホームルーム。
同じ中学からの生徒は見当たらず、とても緊張していた。

配布物の中に、その場で記入して提出しなければならないプリントがあった。

カバンをあけると、ペンケースが入っていない。
(どうしよう! こんな日に書くものを忘れてくるなんて・・・)

一瞬宙を見上げた愛実は、真新しい学生カバンの中をもう一度のぞきこんだ。
(あ~、やっぱりない。せめて一本だけでもペンがあればな・・・)

すると、机の上にさっと、ペンと消しゴムが差し出された。
「えっ?」

愛実は驚いて隣の席に目を向けるとニコッと微笑む女子生徒がいた。それが那美だった。

ホームルームが終わり無事にプリント提出を済ませたあと、愛実は那美に話しかけた。

「あの・・・これ、ありがとう。ホントに助かった~」
那美は思い出したようにケラケラ笑い出した。
愛実は訳が分からずキョトンとした。

「ゴメン。隣で、いきなりカバンの中かきまわしてるし。『ワタシ、焦ってます!』みたいな顔してたからさ。おもしろい子だなあと思って」

「そんなに顔に出てた?」
「ホントわかりやすかったよ。けっこう天然でしょ?」

そう言って、那美はさっきと同じ笑顔を見せた。
はっきりとモノを言うタイプだが、イヤミな感じはしなかった。

愛実はどちらかというと人見知りするほうだったが、那美のお陰で入学時の緊張感から解放された。

それから那美とは仲良くなり、家が比較的近かったこともあってよく一緒に帰るようになった。
那美は流行に敏感で、いつもおしゃれだった。
年齢よりも大人っぽくて、愛実にとって自慢の友人だった。

ある日曜日の午後。
愛実は、那美とふたりでショッピングに出かけた。服やバッグ、アクセサリーの店を散々歩き回ったあと、カフェで休憩することにした。

4人掛けの席に案内されると、那美は両手にさげていた紙袋を隣の席に置いた。どれも若い女性にあこがれのブランドロゴが印刷されていて、愛実は思わず見入ってしまった。

「那美ってほしいと思ったら迷わず買うよね~。私なんて、そんなにお金持ってないし。失敗したらどうしようと思うから、なかなか決められないよ」

「確かに、お金のこと気にしていると思い切って買えないよね。私、バイトしてるから」

「そうなんだ。どんなバイト?」
那美はちょっとニヤッとして、声を落として話し始めた。
「愛実だから言うけどさ。私のバイト、相当お金いいよ。一回で万単位稼げるの」

「え? 万単位!? そんなバイトあるの?」
那美は愛実の耳元に顔を近づけて、小声で言った。
「援助交際」

愛実は耳を疑った。
(援助交際? それって、知らない男の人と・・・)

那美は悪びれた様子もなく続けた。
「最初はちょっと抵抗あったけどさ、お客はみんな普通の人だし。ちゃんと安全なサイト選んでやってるから、問題ないよ」

愛実は動揺していた。
(まさか、那美がそんなことをしているなんて・・・)

「で、でも・・・。男の人と・・・。その、するんだよね?」
「そうだよ。でも、デートだけっていうのもあるよ。そっちは、大したお金にはならないけどね」

愛実の頭は混乱していた。
自分と同い年の那美が、見ず知らずの男と寝てしまうのも衝撃だった。でも、一方でそんなに簡単に万単位のお金が手に入るということにも驚いていた。

那美のように、欲しいと思うものを何の迷いもなく買ってみたい。そんな欲求も愛実の頭の中をよぎっていた。

「興味あるなら、愛実にもそのサイト教えてあげるよ。ただし、登録は18歳以上ってことにしないと、法律に引っかかるからね」

「い、いや・・・。私はちょっと・・・」
愛実は慌てて首を振った。

「高校生でも、実はけっこうやってるんだよ。未成年のほうが金額高いの。おっさんたちはみんな若い子が好きなのかもね」
那美はそう言ってカラカラ笑った。

那美は、援助交際を普通のバイトのような感覚でとらえているのだろうか。それとも、理解出来ない自分のほうがおかしいのだろうか。

(もしかしたら、私が思っているほど悪いことではないのかもしれない。でも・・・)

愛実はまじめな顔をして聞いた。
「那美、お母さんは知ってるの? 援助交際のこと」

那美は一瞬愛実の顔を見つめると、大爆笑した。
愛実はなぜ那美が笑っているのかわからず、キョトンとしている。

「愛実、もしかしてお嬢様育ち? いくら何でも、親に『援交してます』なんていう人いないでしょ。あ~、もう。天然にもほどがあるよ~」

確かにそうだわ。そんなこと親に知られたら・・・。
愛実は変な質問をしてしまった自分がおかしくて、一緒に笑い出してしまった。

今思えば、あの時はまだ事の深刻さに気づいていなかった。
那美が好きでやっているのなら仕方ない、そう思っていた。

でも、愛実は自分の体験を通して真実を知ることになった。

助産師の久恵ひさえが教えてくれたこと―。

男女の結びつき、性行為は本来神聖なものであり、子宮は神の子を宿す神殿と言われている。

ほんとうに愛する人と結ばれて、女性はその愛の結晶を神様からお預かりした大事な命として、子宮の中で十月十日とつきとおか育み、そして命がけでこの世に産み出していく。

そうとも知らず、お金が欲しいとか、刺激が欲しいとか、軽い気持ちで援助交際を始める子たちがいる。

でもそうした子たちは、心の中に寂しさや不安を抱えていて、そんな気持ちから目をそらしたいだけなのかもしれない。
それは愛実自身が実感したことだった。

愛のないセックスを繰り返していると、子宮がけがされて妊娠できない体になってしまうこともあるという。

(那美にこれ以上、子宮を汚してほしくない。)
愛実は心から願っていた。

ほんとうに好きな人ができたとき、いちばん傷つくのは自分自身なのだ。

愛実はそのことを身をもって知ったからこそ、那美に同じ思いをさせたくなかった。

絶対に那美に援助交際をやめてもらう。
そのためなら何だってするわ。
愛実はそう心に誓った。

 
つづき 第 3 話 へ