第8話 届かない忠告

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愛実めぐみは、夢の中にいた。

うっすらと霧のかかった中にひとりで立っていた。
白く明るい空間だが、まぶしいというほどでもない。

(いったい、ここはどこだろう。でも、なんだか懐かしい感じがする)
辺りを見渡してみても、自分の周りには何も見えない。

『久しぶりね』

不意に声がした。愛実は驚いて、声の方を振り向いた。
さっきまで何も見えなかったのに、そこにひとりの女性が立っているのが見えた。

『久しぶりね』

もう一度そう言うと、静かに微笑んだ。
愛実は、何処となく自分に似ている人だと思った。

『似ていると思う? その通りよ。だって、私はあなたの魂の一部なんだから』

今心の中で思ったことをそのまま言葉にされて、愛実は混乱した。

『驚かないで。私は今まであなたの心の声として、ずっと見守ってきたのよ。もっとも、あまり私の声を聞き入れてはくれなかったけど』

愛実は落ち着きを取りもどせず、何を言っていいのか分からなかった。それすらも見抜いているかのように目の前の女性は言葉を続けた。

『いい? わたしはあなたのためを思って、いつもあなたの心の中へメッセージを送っているのよ。あなたは、確かにそれを感じとっていたはず』

(心の声…)
愛実は、両手を自分の胸に当てた。

『そうよ。でも、そのメッセージを実際の行動に移せるのは肉体を持ってこの世に生きている、あなたしかいないの。お願いだから、もう自分の身体を傷つけるようなことはやめてちょうだい』

最初の笑顔が消えて、最後は厳しい表情に変わっていた。

愛実は、黙ってその女性を見ていた。
(自分の身体を傷つけるようなこと…)

『そうよ。自分の身体を、もうそれ以上傷つけないで欲しいの』

そう言い終えると、霧が晴れるようにその女性の姿形は消えてなくなった。

愛実は目を覚ました。
暗い部屋の中で天井の一点を見つめながら、今見た夢を思いおこしていた。

『自分の身体を傷つけないで』
その言葉が何度も何度も、愛実の頭の中で繰り返された。

愛実は、広樹ひろきに内緒で援助交際を続けていた。
後ろめたい気持ちが全く無いわけではなかったが、ずっと好きでいてほしい。彼に可愛いと思われたい。そのためにおしゃれをしたい。
「彼のため―」そう、自分に言いわけをしていた。

ただ、毎回見知らぬ男から数枚の紙幣を受け取るたびに、自分のしていることは広樹に見せられないし、知られては困ることなのだ。そう感じるようになっていた。

(こんなことを続けていてはいけないんだわ。
もう、援助交際をやめよう)
愛実は自分の心に、そう誓った。

久しぶりのデートの日。早めに着替えを終えた愛実は、自分の部屋で時間を持て余していた。

「えー。そんなぁ…」

ケータイに表示された広樹からのメッセージを読んで、愛実は思わず口をとがらせた。

“ゴメン。バイト先の先輩が熱で休みなんだ。
シフトが変わったから、今日は会えなくなった”

(新しくできた居酒屋でバイトを始めたって言っていたっけ。ということは、閉店まで抜けられないのかなあ)

いっそのこと自分が居酒屋に客として遊びに行こうか。とも考えたが、仕事中では話をすることなどできるわけもないだろうし、現実的ではなかった。

「今日はこのまま寝るしかないか。うーん、残念!」
愛実は、無造作にベッドに寝転んだ。
気合いを入れて整えたヘアスタイルが、みじめに背中の下敷きになった。

“♪♪~~♪♪”
ケータイの着信音。
那美なみからだ。電話なんてめずらしいな)

「もしもし」
「あ、愛実? いい話あるんだけど。
私の代わりに相手してくれない?」

「相手って…、援交のこと?」
「そう。私が約束してたんだけど、どうしても行けなくなっちゃって。今更キャンセルできないの。すっごくお金いいよ。一回で五万円だって!」

「五万円! …でも、私もう」
「それだけあれば好きなもの買えるじゃん。この間、クロスバイクがどうのこうのって言ってたじゃない」

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(クロスバイク…)
何も知らない、愛実にクロスバイクのことを熱心に説明してくれた広樹の顔を思い出した。確か五万円くらいで買えると言っていたはずだ。

「じゃあ、よろしくね! 相手の連絡先送るから」
「あ、ちょっと那美。…、まったく、強引なんだから…」

愛実の心がかすかに傷んだ。

“♪~~♪”
早速、連絡先が送られてきた。

(五万円か…。分かったわ。じゃあ、これで本当に最後にしよう)

『愛実! 行かないで!』
とっさに守護霊は愛実の腕を掴もうとした。
この世で肉体を持たない守護霊の指先は愛実の身体を空しくすり抜けていった。

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