第11話 子宮は神の宮

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時間が刻々と過ぎていった。
「こうやって、背中をさすってあげて」
助手が愛実めぐみに優しく教える。

「は、はい…」
はあはあと香代かよの呼吸が再び荒くなってきた。額に汗をにじませて、苦しむ表情の香代を見て、愛実は必死になってさすり続けた。

次第に身の置き場がなくなり、大きなクッションにしがみつくようになると、うめき声を上げ始めた。
「よ~し、いいよ~。赤ちゃん下がってきてるよ。上手。頑張って」
久恵が励ます。

「ふ~、ふ~」
「そう、そう」
久恵ひさえの声に合わせて、香代がいきむ。

(香代さん…、赤ちゃんも、頑張って)
気がつくと愛実も一緒になって呼吸を合わせていた。

「よ~し、頭が見えてきた。もう少しだよ」
久恵が声で後押しする。

「ううう~~~ん!」
香代が最後の力を振り絞って、懸命にいきむ。
愛実の額からも汗が流れ落ちていく。

「オギャー~~!」

大きな泣き声が部屋に響き渡った。生まれて初めての大仕事を成し遂げて、まるまると太った赤ちゃんが全身の力をこめて元気な産声を上げた。

「生まれたね。おめでとう」
久恵は香代をねぎらった。その顔は自分の孫が生まれたような喜びに満ちている。

「女の子ですよ。よく頑張ったわ。それに、あなたもね。お疲れ様」
助手は手早くへその緒の処置をしながら、隣で放心状態のまま、目に涙を浮かべている愛実にも声をかけた。

赤ちゃんは初着を着せてもらい、落ち着いた様子ですやすやと眠っている。助手がそうっと胸元に連れてくると、香代は優しく抱きとめた。

「やっと、会えたね」
赤ちゃんを起こさないように小さく声をかける香代の目から大粒の涙がこぼれた。

その光景を間近で見ている愛実の目にも、涙がとめどなくあふれてきた。
(香代さんと赤ちゃん、まるで光に包まれているみたいに輝いて見える…)

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「香代さんったら、ウソつき。鼻からスイカだなんて。こんなに感動的なのに…」
愛実と香代はお互いに顔を見合わせると、クスッと笑った。

「そうだろう、感動しただろう?」
久恵がふたりに声をかけた。
愛実はただ素直にうなずくしかなかった。

久恵は、香代の横にゆっくりと腰を下ろすと愛実に向かって話し始めた。

「出産というものは神秘的だね。目に見えないほどの小さな受精卵が、あんなにかわいらしい赤ん坊に成長するんだから。子宮の中で驚くような奇跡が起きているんだよ」

(奇跡。神秘的。子宮の中で?)
愛実は久恵の話に引き込まれた。

「子宮といえば――。あんた、子宮という言葉の意味を考えたこと、あるかい?」

「えっ? 子宮の意味ですか?」
愛実は子宮に意味があるなど、考えたこともなかった。

「子宮の『宮』という字にはね、神様がいらっしゃる神殿という意味があるんだ。
だから子宮は、神様からお預かりした大切な子どもを育む神殿なのさ。女はその大事な命を、痛みをこらえて命がけで生み出すんだよ」

「命がけで…?」
「最近じゃあ、あんたくらいの若い子も自分の身体を大切にしない子が多くてね…。子宮が神様からの大切な命を預かる宮だと知っていたら、お金や物に代えられないと思うけどねぇ」

愛実の表情が次第に曇っていくのを見て、久恵は話し続けた。

「愛もないのに沢山の男と体の関係を持つってことは、聖なる神殿である子宮が汚れてしまうってことなんだよ。
あまりにも真っ黒に汚してしまっては、子どもが欲しくてもできない身体になってしまうかもしれないんだ」

「そうなんですか?」
愛実は思わず自分のお腹に手を当てた。

「セックスは、好きな男性と愛し合って、その上で子どもが授かるというとても神聖な行為なんだよ。軽々しく考えちゃいけないよ」
愛実はうつむいたまま黙り込んでしまった。

「あんたも、いつか子どもを産む時がくるかもしれない。自分を大切にしておきなさいね」
そう言い終えると、久恵は膝に手をかけてゆっくりと立ち上がり部屋の後片付けを始めた。

タオルやクッションも元通りに整理整頓され、シンと部屋が静まり返った。

「メグちゃん、赤ちゃん抱いてみる?」
少し疲れの見える顔で香代は静かに聞いた。

「え? で、でも…」
愛実が返事を出来ずにいると、助手が赤ちゃんを抱いてきた。

「しっかり抱いてあげれば大丈夫よ」
愛実が慎重に抱きとめると、目を覚ました赤ちゃんがニコッと笑った。

「あらま、愛想のいい子だねぇ」
久恵はその様子に目を細めた。

「生きているんだ。こんなに小さいのに、ちゃんと息をして、手も足も動いている」

初着に触れた愛実の手に、赤ん坊の温もりが伝わってくる。
「あったかい…。ここに命があるんだ…」
愛実の瞳から自然と涙が流れていく。

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