第5話 幸せな初デート

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真夜中。ふいに目が覚めた。
(あれ、もう朝かな?)
眠い目をこすりながら時計を見ると、夜中の1時を過ぎていた。

ドア越しに、階下で言い争っている両親の声が聞こえてきた。

「いい加減にしてよ! 私のこと、何だと思っているの!」
「ふざけんな! こっちだって、ずっと我慢してるんだ!」

(またやってる。家に帰って来ると、いつもこうなるんだから)

ガチャーン!

声が止むと、瀬戸物の割れる音や物がぶつかる音が響いてきた。そしてまた言い争う声が続いた。

愛実めぐみは布団を引き上げて頭の上までかぶせた。
それでも、ふたりの言い争う声が聞こえてきてしまう。

(もう、やめて。お願い…)
自分には危害が及ばないと分かってはいても、ベッドの中で震えが止まらなかった。
一階が静かになってから、どれほどの時間が経ったのだろうか。
カーテンの掛かった出窓の外が、うっすらと明るくなってきた。ようやく長い夜が終わった。

愛実はあれからベッドの中で眠れないまま一晩過ごしていた。

最近ではよくあることだったが、両親がケンカすることに慣れてしまうとか、気にならなくなるということはなかった。

(今日一日は、昨日の事を思い出さないようにしよう)
愛実は自分に言い聞かせた。
嫌なことを全て忘れさせてくれるような晴れやかな青空が広がっている。
澄み切った秋の空気に子どもたちの歓声が心地よく響いていく。

愛実の住む街には、こぢんまりとした遊園地があった。
宅地造成に時期を合わせて建設されたので、もうかなり老朽化も進んでいたし、大がかりなアトラクションもない。とはいえ、近所の親子連れやお金のない学生たちのデートコースとして不動の人気を誇っていた。

まさか自分がここでデートする日が訪れるなんて思いもしなかった。愛実は今日という日が忘れられない一日になるだろうと思った。
午前中からひととおりの乗り物に挑戦してきて、正直いって身体がきつくなってきた。

(まいったな。この歳でもう運動不足かな)
広樹ひろきの前でへこたれた格好を見せたくなかった愛実は
「そろそろ、お昼にしない?」
と声をかけた。

ハンバーガーショップに入り、ドリンク付きのセットを注文した。トレイを受け取り家族連れで込み合う座席を見渡すと、運よくふたり掛けの席が空いていた。

愛実はイスに座るなり「いただきます」と言ったきり、無言でハンバーガーを食べ始めた。

前からクスクス笑う声が聞こえてきた。

「ん? どうかした?」
愛実がようやく口を開いた。

「いや、美味しそうに食べているなあと思って」
そう言ったきり広樹は愛実を見つめていた。

(え? もしかして大食い女って思われた…?)

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あわててナプキンで口元を拭いたせいで、ハンバーガーのソースが頬に線を残していった。

広樹は「しょうがないなぁ」とだけ言って、愛実の手からナプキンを取ると優しく拭き直してくれた。

「これで、よし。…もっとさ、チャライ子かと思ってたんだ。けど違ってた。気取らなくて話しやすいし…。俺、そういう子が好きだよ」
広樹は照れる様子もなくさらりと言った。

「え?」
突然広樹の口から「好き」という言葉を聞かされて、愛実は顔を正面に向けられなくなってしまった。
ポテトを食べ始めた広樹の指先を見るのが精一杯だった。

「うわぁっ!」

ぼんやりし過ぎて愛実の手から力が抜けていた。
チキンとレタスが、バンズからこぼれ落ちた。
それを見た広樹は、腹を抱えて笑い出した。

「はははっ! 大丈夫? もっとさぁ、落ち着いて食べなよ。トレイの上に落ちたんだから、食べられるんじゃない?」

そう言って、最後のポテトを口に放り込んだ。

(落ち着けって言ったって。今、好きとか言ったよね。自分の好みのことを言ってるだけ? だよね…。そんなの、上手くいきすぎだよね)

愛実はなんとかその場をとりつくろうと、言葉を探した。

「やだ~。もう急にへんなこと言い出すから。私のこと好きってこと? そんなわけ、ないよね~」

「そのつもりだけど…」
コーラの入った紙コップを置くと、真面目な顔で広樹は答えた。

「え…っ」

思いがけない返答に愛実は顔を上げた。
広樹の澄んだ瞳がまっすぐ自分を見つめている。

愛実は全身が緊張で固まって、息をするのが精一杯だった。
時間はまたたく間に過ぎていった。
「あまり遅くなったら家で心配するだろうから」
そう言って広樹は暗くならないうちに愛実が家に着くように送ってくれた。
たった今玄関先で別れたばかりなのに、愛実は部屋に入るとすぐ広樹にメールを送った。

“今日は楽しかった。ありがとう”
“俺も楽しかった。またな”

「キャ~。返事来た~~っ!」

愛実はケータイをギュッと抱きしめると、そのままベッドに倒れ込んだ。

「信じられない! ホントに? ホントに? 私が広樹君と付き合えるなんて!」
広樹と並んで撮った写真。
あの涼しげな瞳が、ベッドの上の愛実に向かって微笑んでいる。

 
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