第4話 広樹との出会い

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一度は断ったものの東高男子とのカラオケに愛実めぐみも行くことにした。

あれほど抵抗のあった援助交際は、一度経験してしまうと確かに那美なみの言う通り簡単なことだった。

それでも、毎回ホテルに向かう度に自分の心の中がざわざわと波立つようになることだけが、愛実の悩みの種だった。

(まあ、そのうち気にならなくなるはずよ。きっと)
予定していたメンバーがそろった。みんなそれぞれワイワイ話がはずんでいる中、愛実は頬杖ほおづえをついたまま物思いにふけっていた。
「ねえ愛実、聞いてんの? ほら、自己紹介だよ。自己紹介」
那美に小突こづかれて、愛実ははっと我に返った。

「えっ? ああ、あの、牧原愛実です。よろしく」
そう言って軽く頭を下げてから、あらためて目の前の男子たちの顔を見た。

横では早速メールアドレスを交換している。
隅の方では、いきなり意気投合してなんだか良い雰囲気になっているふたりの姿がある。

それが嫌なのか、ひとりの男子が立ちあがって愛実の正面に席を移動してきた。

ドスン、とソファに座るとふっと短く息吐いた。
目と目が合った。

その瞬間、愛実の心臓がドクンと高鳴った。

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「近藤広樹ひろきです。どうも」

無表情でそう名乗ると、所在無気にカラオケの画面に視線を向けた。

ほかの男子生徒と違って浮かれた雰囲気は全く感じられない。でもその涼しげな瞳と少しうれいを帯びて見える横顔から、愛実は目をそらせなくなってしまった。

(やだ…。何ドキドキしてるのかしら。そうだ! 私もアドレス交換してみよう)

愛実はカバンの中から手探りでケータイを探し出し、思い切って声をかけた。

「あのぉ…。あの、よかったら、アドレス聞いても――」

「えっ?」

広樹はちらっと愛実に視線を向けると、自分に向けて差し出されたものをしばらく眺めている。
妙な間が空いた。

(あっ、嫌がられてるのかも)
愛実は気まずくなった。

「ごめん、俺チャリ通だから」
涼しげな瞳と再び目が合った。

「チャ、チャリ…?」
はっとして自分の手を見ると、持っていたのはパスケースだった。

(ヤダ。なにやってるの? 私ったら!)

「あー、あの、これじゃなくて。ケータイ、ケータイ。えーっと。あれ、どこいった?」

うろたえながら、カバンの中をのぞきこんだ。

「あ、あった。やだぁ。あ、あははは。ごめん」
再び広樹と目が合った。愛実は自分の両頬が燃えるように熱くなっていくのを感じた。

広樹がぷっと吹き出した。
さっきまでの無表情が急にあどけない笑顔に変わった。

(笑った顔も素敵だ…)
愛実はますます広樹から目が離せなくなっていった。

「男だけだって聞いてたから来たんだけど。合コンみたいな雰囲気苦手でさ。慣れてる?」

「ううん。男の人が来るのは聞いていたけど…。あの、だったら一緒にここ出ませんか?」

そう言いだしておきながら、積極的な行動に出ている自分自身に愛実は一瞬たじろいでしまった。

「え…まぁ、いいよ」
すこし迷った後、広樹が答えた。
(やった!)
愛実は心の中でガッツポーズをした。
不思議だけれど初めて会った広樹とは、どうということもないおしゃべりでもとっても心が穏やかになれたし、安心感にひたることができた。

(こういうのを素直な自分になれるっていうのかな)

カラオケ店を出てから公園に来るまでの間、ずっと会話が途切れることはなかった。

「それでね、そのお店の大判焼きがものすごく美味しいって、友達が言ってて…」

「へぇ~。行ってみたいな」

「ハックションッ!」

愛実は肩をすくめ両手にはぁっと息を吹きかけた。
指先まで冷たく冷え切っていた。

「あぁ、夕方になって寒くなってきたね。そろそろ帰ろうか」

穏やかな時間の終わりを告げるように、洒落たデザインの一台の自転車がふたりの目の前を勢いよく通り過ぎていった。

「あ、あれ…。格好いいな…」
「え? 何が?」

愛実の声が耳に入らないのか、広樹は走り去って行った自転車の後ろをしばらく目で追っていた。

「ああ、ゴメン。あれクロスバイクっていうんだ。ああいうタイプだと、何十万円もするのもあるんだけど、あれなら五万円くらいかな…。でも俺んち貧乏だから、今のポンコツチャリでなんとかするしかないな」
広樹は普通の自転車との違いや、その魅力を愛実にも分かるように説明してくれた。

「へぇ~。くろすばいく…」
ふたりは駅前のバス乗り場までやって来た。
愛実の家は西口方面、広樹の家は東口方面にある。

「それじゃあ、ここで。今日はありがとう。助かったよ」
「私の方こそ、ありがとう」

このまま別れてしまうのはなんだかしい気がする。また会えないだろうか。愛実がそう思っていると広樹が口を開いた。

「あのさ、よかったらまた会わない?」
少しぎこちない言い方だったが、愛実は耳を疑った。
(え? ホントに?)

照れくさくて、恥ずかしくて、でも嬉しくて。飛び跳ねたい気持ちを抑えて
「もちろん!」
愛実は弾むような声で、短く答えた。
 
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