第14話 すべてを赦して

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照明の落とされた夜の廊下に、しばらく沈黙が流れた。

「私はもう…、神様から見放されてるかもしれません」
愛実めぐみはじっと床をみつめたままようやく重い口を開いた。

「どうしてそう思うんだい?」
久恵ひさえの穏やかな口調に、意を決して話し出した。

「私…。子宮を汚してしまったんです。何度か知らない男の人と…。最初はすごく軽い気持ちでした。イライラして、もう、どうでもよくなっちゃって…」

そこまで言うと、しばらく自分の手元を見つめた。
涙があふれ出てきて、さっきまで綺麗に見えていたスカートの刺繍模様が、どんどんゆがんで見えなくなっていく。

「でも…、すごく好きな人ができて…。何処の誰かも分からない人の相手をするの、もうやめようって思ったんです。でも、でも…、遅かった…。彼氏にばれちゃって。そんな女とは付き合えないって、言われて…」

泣きじゃくりながら愛実は続けた。
「…私、ほんとうに取り返しのつかない事をしてしまったんです。どうしたらいいのかわからない。親だけじゃなく、神様にも見放されています。きっと…、こんな私の事なんて…もう」

愛実は泣き続けた。まるで自分の中にもうひとりの自分がいて、一緒に泣いているかのように涙が止まらなかった。
スカートをギュッと握りしめた手の甲に、あとからあとから涙がこぼれていった。

『愛実。私がこうしてずっと一緒にいるから。
私はあなたのことを見捨てたりしない。
誰もあなたを見放したりしないから…』

守護霊は愛実を自らの愛の思いで包みこんだ。
身体だけでなく絶望の淵で嘆き悲しむ心さえも、その全てを抱きしめた。

「神様はね、決して誰も見放したりはしないんだよ」
久恵はハンカチを取り出すと、愛実の手をぬらした涙を静かに拭きながら優しく言った。

「えっ?」
愛実は泣きはらした顔をあげた。

「さっきも言っただろう。私たちはみんな神の子だって。どんなに悪いことをしたとしても神様はその子を愛している。親はかわいい子どもを見捨てたりはしないんだよ」

「そうでしょうか」
愛実は久恵からハンカチを差し出され、小さくお辞儀をして受け取った。

「うちの親は、私のことなんてどうでもいいみたいです。いつも家にいないし、会うと怒ってばかりだし、私の誕生日さえ忘れてるし…」
せっかく涙を拭いたのに、また目がうるんできた。

「そうなのかい。しょうがないねぇ、人間の親は。でもね、親子になるってことは生まれる前からお互いに約束をしてきているんだよ」

「まさか!」
「あんた、生まれ変わりって知っているかい? 私たちはね、みんなあの世とこの世を行ったり来たりしているんだよ」

「…そうなんですか?」
「あの世からこの世に生まれる前に、自分の親になる人と約束しているんだよ。一緒になって、この世で愛を学ぼうねって」

「じゃあ…、私もお母さんを選んできたんですか?」
「そうだよ。子どもたちの中には、親を選んだときの記憶を持っている子もいるんだよ。

はじめは信じられなくてね。でも、そういう子どもたちを何十人も見ているからね。子どものたわごととは思えないね」

「ほら、かわいいだろう。手紙と一緒に、作って送ってくれたんだよ」
久恵は膝に手を添えてゆっくりとソファから立ち上がると、壁の前へ歩いて行った。

掲示板から取れかかっていた折り紙を見つけて、いとおしむように、ひとつひとつ丁寧に折り目を直していく。

「この子たちもそれぞれ、親と約束してきている。親は自分の産んだ子どもを神様からの預かりものとして、大切に育てる義務があるんだよ」

久恵は折り紙を直し終えると愛実を振り返りニコッと笑い、また元の場所に腰を下ろした。

「私…親に愛されている自信がありません…」
愛実はぽつりとつぶやいた。

「この世に生まれて、本当によかったのかな…」

よかったに決まってるじゃないか。
誰かにそう言って欲しかった。

「家では両親はケンカばかりしてて、私のことなんて全然見てないし…。家にいてもいつもひとりで、学校もたいして面白くないし。誰も私のことなんて気にしてないんです…。

でも、広樹ひろき君だけはこんな私を好きになってくれた。それなのに、私は彼のことを裏切ってしまったんです」
久恵の暖かい手が背中をさすってくれている。

「そうか、そうか…。辛かったんだね…」
愛実はくしゃくしゃに握りしめたハンカチを顔に押し付けた。それでも、こらえきれずに久恵の胸の中で声をあげて泣き出してしまった。

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『愛実―。その苦しみは、この世で肉体を持って生きているからこそ経験できるものなのよ。

失敗しないことが、この世に生まれてきた目的ではないわ。
自分の行動がどんな結果になろうと、自分自身の責任として全てを受け止めて、しっかりと魂に刻むのよ。

今は、思い切り泣いてしまいなさい。
その涙が、あなたをいやしてくれるから』

守護霊は片時も離れずに、愛の思いで愛実を包み込こんでいた。

嗚咽おえつがおさまるまで久恵はじっとそのままでいてくれた。
「…すみません」
ようやく愛実は顔を上げた。

「いいんだよ。かわいそうに、ずっと我慢してたんだね」
そう言って久恵はゆっくり頭をなでてやる。

「あんなに大変な思いをして産んでもらったんだって、さっき見て分かったんです。それなのに、私は大事な身体を汚して、そのうえ広樹君も傷つけてしまって…。もう取り返しがつかない…」

「傷ついて初めて気づいただろう?」
全てをゆるし優しく包み込むような久恵の声が、愛実の心にジンと響きわたる。

「いいんだよ。それで」

(どうして?)
愛実は目で問いかけた。
久恵の優しいまなざしが「心配ない」と言っている。

「この世に生まれてくる目的はね、いろんな人と出会って、ぶつかったり傷ついたり失敗したりしながら、本当の愛を学んでいくことなんだ。
やり直せないことなんて、ないんだよ。」

久恵の大きな両手が、泣き通して震えている愛実の手をゆったりと包み込んだ。

「あんたは自分のしたことが良くないことだって、骨身にしみてわかっただろう?
だったらもう二度と自分を粗末にするようなことはしないよね」
うるんだ目から涙が落ちるのも気にせずに、愛実は深くうなずいた。

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