第9話 恋の終わり

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夜の駅前。電車が到着する度に、たくさんの人が駅から押し出されていく。バス停に向かう人、迎えに来た自家用車に乗りこむ人、徒歩で帰る人。皆それぞれに家路を急いでいた。

「よろしくお願いします」
駅を出た階段の一番下で、広樹ひろきが居酒屋の割引券を配っていた。

店長から割引券がぎっしり入った紙袋を手渡され、一時間以上も前からここに立っていた。

ようやく紙袋の底が見えてきた。
「あと、少しで終わりだな」

ほっと一息ついた時、バス乗り場のはずれに愛実めぐみが立っているのを見つけた。

そばに行って声をかけようか迷っているところへ、また電車が到着して大勢の人が駅の階段を下りてきた。

広樹は残りの割引券をひとりに二、三枚ずつ多めに渡して全て配り終えると、愛実のいるバス乗り場に向かって歩き始めた。

ところがそこへ、中年男性が現われた。愛実と言葉を交わすと、ふたりは並んで歩き始めた。

広樹の目は、ふたりが入って行ったビルの看板に釘付けになった。

ホテルの一室。
男はシャワーをすませてくると、ベッドに腰掛けていた愛実の身体にせっかちに抱きついてきた。

「あの、さっきの約束…」
「ああ、分かっているよ。金のことだろ? ちゃんと払うって」

男は面倒くさそうにそう答えると、愛実をベッドに押し倒してきた。
(すぐ終わる…。そうしたらお金も手に入る…)
愛実はギュッと目を閉じ、身を固くした。

「愛実ちゃん!」
(えっ?)
ふいに広樹の声が聞こえた気がした。

まぶたの裏に広樹の姿が見えた。
ハッとして目を開けると、目の前に男の顔が迫ってきた。

「やっぱりイヤー!!」
愛実は思い切り男を突き飛ばした。
突然のことで、男はぶざまにベッドから転げ落ちた。

「な、何するんだ!」
「ごめんなさい。わっ、私…、帰ります」
「何だとー! ふ、ふざけんな!!」

怒鳴り声をあげながら、男は愛実をつかまえようと立ちあがった。と同時に腰に巻いたバスタオルがスルッと床に落ちた。

男が慌ててバスタオルを拾い上げ、腰に巻き直す。
そのすきに愛実は、自分の服をかき集めると急いで部屋の外に飛び出して行った。

(私には広樹君がいるのに。ほんとうに好きな人がいるのに! こんなこと、もう二度としない!)

それから数日が過ぎた。

“♪~~♪”ケータイの着信音。
“いつもの公園で待ってる”

広樹からだ。
愛実は急いで家を出た。

公園に着くと、広樹は先に待っていた。
「広樹君。どうしたの? このところ連絡取れなかったから心配してたんだよ」

広樹はうつむいたままで愛実と目を合わせようとしない。

「前に言ってたお店さあ、見つかったよ。今度の休みに行ってみない?」

「…もういいよ」
吐き捨てるように言い放った。
こんな冷たい言い方をする広樹は初めてだった。

「え?」

「俺たち…別れよう」

「な、何? なんで?」

愛実は、広樹が何を言おうとしているのか分からなかった。

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「…俺、援交している女とは付き合わないから」
愛実は広樹の言葉に凍りついた。
(どうして、それを…)

何も言わない愛実を置いて広樹はその場を立ち去ろうとした。

「ま、待って、広樹君。どうして? そんな…、私がそんなこと、するわけないでしょう?」

広樹は立ち止って一呼吸入れてから愛実の方を振り向いた。優しかった目には、今は怒りと悲しみが満ちていた。

「俺…、見たんだよ。おまえが男とホテルに入って行くのを」

(見ていた…)
愛実の思考は停止した。

「そんな女だと思わなかったよ」
広樹はうつむいたまま絞り出すように続けた。

「俺は―、もう付き合う気はない」
そう言い残して足早に公園から出て行った。

今まで大切にしてきた広樹との思い出が、ガラガラと音を立てて崩れていった。

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