第1話 友人からの誘い

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彼女は愛実めぐみと名付けられた。
「この世」に生まれてから、十六年の時が流れた。

そして「天国」での言葉どおり守護霊はずっと愛実のことを見守り続けてきた。

愛実が高校に入学して数ヵ月が過ぎた頃、母親はフルタイムの仕事に就いた。

このことが愛実の生活を少しずつ変えていくことになった。

愛実にとって、母親がいつも家にいるのは当たり前だった。誰もいない家に帰宅することが、こんなにも物足りなさを感じさせるとは、思いもよらないことだった。

ひとりっ子だったこともあり母親は何をするにもすぐに手を貸してくれて、あれこれと世話を焼いてくれた。
真面目で厳しい一面もあったが、きれい好きで料理が上手で、愛実にとって自慢の母親だった。
それなのに「仕事で疲れたから」が口癖になり、買ってきた惣菜や冷凍食品が食卓に並ぶことが次第に増えていった。

最近は残業続きでそれすらもなくなり、コンビニ弁当が愛実の夕食の定番メニューになってしまった。
「自分で料理すればいいでしょう。もう高校生なんだから」ある日小遣いを渡された愛実が愚痴ぐちを言うと、そう母に言い返された。

(ひとりで作ってひとりで食べるなんて寂しすぎるじゃない。私の気持ちなんて、全然わかってくれないのね)

その日を境に、愛実は学校が終わると必ずと言っていいほど寄り道をして時間をつぶすようになった。

学校帰りに制服を着たままで繁華街をあてもなくブラブラする。以前はそうした同年代の学生達を、冷ややかな目で見ていた愛実だった。

それが今では自ら好んで同じ空間に身を置くようになってしまった。
駅周辺に立ち並ぶ雑居ビルには夜おそくなっても人の出入りが絶えることはなかった。
店のBGMが通りにまで響きわたる。

愛実は街の喧騒けんそうに包まれて寂しさを感じないようにした。その一方で、目的もなくこんなふうに過ごしていてはいけないという心の声を感じるようになっていた。

(だって、家に帰っても面白くないし……)
愛実は意識してその声を無視し続けた。

『お願い愛実。私のメッセージを受け取って!
今感じた通りに行動にうつして…』

守護霊からの呼びかけは、なかなか愛実には届かなかった。
週末。友達の那美なみと一緒に出かける約束をした。

那美は愛実と同い年なのに流行のファッションを身にまとい、メイクも上手で大人びて見えた。
そんな彼女のことが愛実は正直言ってうらやましかった。

愛実が待ち合わせの場所に行くと、いつも通り服もメイクも完璧に決めて姿を現した。

(あれ? 新しいバッグ買ったのかな)
那美の肩に掛かるいつもと違うバッグが目を引いた。
ブランドのロゴが大きくプリントされたバッグ――。

(もしかして、また?)
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「那美、そういうのやめなよ。みんな引くよ」
「えっ?」
会っていきなりキツイ口調で言われ那美はきょとんとした。

「援交なんて…」
愛実は言いだしておきながら、その言葉を口にした自分が恥ずかしく思えた。

「別にたいしたことないよ。ちょっと気持ち悪い人もいるけど一回で二、三万円だよ」
何を今さら。那美の目がそう言っている。

「でも…」
「うち、父親いないじゃん。小遣い少ないし。だから自分で稼いでんの。誰にも迷惑かけてないでしょ」
「迷惑って…」
愛実は返す言葉が無かった。

(それは、そうかもしれないけど…)
黙りこんだ愛実をからかうように那美は続けた。

「あ、そうそう。この前の客なんてさ、ホントの年齢言ったら焦っちゃって。余計に金置いてったよ。『黙っててくれ~』だってさ!」
あっけらかんと言い放つと、かわいた笑い声をあげた。

(同じことをしても十八歳以上だったら構わないの…? 快楽提供? セックスってお酒や煙草みたいなもの…? でも一回で二、三万円なんてすごいかも…)

『ダメよ!』

突然自分の考えを打ち消すような感覚に包まれた。
はっとして現実に戻った愛実は、自分の思いを断ち切るように意識してバッグから目をそらした。
「あ、そうだ。今度カラオケ行くんだけど。よかったら愛実も来る? 東高のイケメンも来るんだ」

那美がクスっと笑った。

「ふーん。いいや。私、今お金無いし。那美みたいなバッグも持ってないし」

「ああ、これ? ふふ。このバッグ。いいでしょ」
そう言って那美は愛実の鼻先でバッグを見せびらかす。

「愛実も援交してみなよ」
那美が顔を近づけてきて耳元でささやいた。

「えっ?」
びっくりして固まっていると
「簡単だよ。教えてあげる。H無しのもあるから平気だよ」
小声でそう言われ一瞬迷っている自分がいた。
バッグのツヤツヤした光沢が愛実の心を誘惑してくる。

『愛実! 誘いに乗らないで!』

愛実の中にさっきより更に強い衝撃が走った。
愛実は背筋がゾクっと震えるのを感じた。
それから数日後。
愛実は落ち着かない様子で、ひとり駅前に立っていた。

カバンからケータイを取り出す。
時間を確認する。そしてケータイをしまう。
何度この動作を繰り返しただろう。

(本当に簡単なのかな…)
そわそわしてあたりを見回す。

もう一度時間を見ると待ち合わせの時間まであと五分。

(やっぱり私には無理。那美のようには割り切れない)

逃げだすなら今だ。そう思って顔をあげた時、愛実の前にサラリーマン風の男性が立ち止まって声をかけてきた。

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