第6話 母とのけんか

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時間は流れるように過ぎて行った。広樹ひろきと付き合うようになって愛実めぐみは毎日が楽しくてたまらなかった。朝起きることも、学校へ行くことも、何もかもが楽しかった。

誰かが自分のことを思ってくれている。それが広樹だなんて、これ以上の幸せがあるだろうか。

ひとりでいる時でも自然と鼻歌を歌っていた。

その時、階段を急ぎ足で上がってくる足音には全く気付かなかった。
「愛実! これどうしたの?」
ノックもなしに、いきなり部屋のドアが乱暴に開け放たれた。

母親の智実ともみが部屋に入ってくるなり大声で問い詰めてきた。手には一万円札が二枚、握られている。

(あっ! リビングにカバン置きっぱなしだった)
愛実の顔から血の気が引いていく。

「なんで…? 人のカバン、勝手に見ないでよ!」
「どうして、こんな大金持ってるの? 言いなさい!」

智実は怒りのあまり、激しく肩が上下に揺れている。
「バ、バイトして…」

愛実はまともに母親の顔を見ることが出来ない。

「バイト? どこで? 何のバイトなの?」

「ど、どこでもいいでしょ。もうやめたし」
「愛実、あなたバイトなんてしている暇あるの? よくもあんな成績でそんなことできるわね…。もう少し自分の進路をしっかり考えたらどうなの」
早口で一方的にまくしたてられて、愛実の中で今まで押さえ込んでいたものがプツッと切れた。

「アンタに何が分かるって言うのよ!」

「何ですって?」
「あたしのこと、何も知らないくせに! どうせ関心なんてないんでしょう! 放っておいてよ!!」

「何てこと言うの!」

思いもよらないことを言われ、智実は返す言葉を失っていた。

「あたしのお金、返して!」
冷たい視線を母親に向けると、すれ違いざまに二万円をむしり取り大きな足音を立てながら階段を駆け下りた。

足早にリビングに行き、置きっぱなしになっていた自分のバッグを拾い上げ、そのまま家を飛び出していった。

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「愛実!」
智実の困惑した悲しげな声は、玄関ドアの閉じる音にさえぎられた。
愛実は、がむしゃらに走った。
(どうしよう。お母さんにばれてしまった。でも私に無断でカバンの中身を見るなんて許せない!)

怒りと後ろめたさを振り切るかのように、走って走って、走り続けた。
(もう限界――)
額に汗が噴き出した。
肩で大きく息をしながらとぼとぼと歩いて行くと、広樹と初めて会った日にふたりでやって来た公園に行きついた。

愛実は遊具の一番奥にあるブランコに腰掛けた。
秋の日暮は早かった。辺りは急に薄暗くなり、一段と冷え込んできた。

静まり返った公園でたったひとり、空を見あげてため息をついた。

(いつからお母さんとこんなふうになっちゃったんだろう…。昔はよくいろいろな話、していたのにな)

しばらくぐともなくブランコを動かしていると、自分に近づいてくる複数の足音を耳にして、はっと我に返った。

日が沈みあたりはすっかり暗くなっていた。
足音は愛実の目の前でピタリと止まった。

「ねえねえ、こんなところで何してるの?」
「かわいい女の子がひとりでいるなんて危ないよぉ」
「俺たちと一緒に遊びに行こうよ」

びっくりして顔を上げると、性質たちの悪そうな高校生三人が愛実を囲むようにして立っていた。

(やだ、どうしよう)
逃げようとして立ちあがると手をつかまれて強引に引っ張られた。

「ちょっと…、離して!」

「そんなに嫌がると、けがするよ」
「やめて!」

その時、公園の中に一台の自転車が走り込んできた。

突然真正面からライトが照らす。
いたずらのことしか頭になかった三人組は、たったこれだけのことで慌てふためいた。

腕をつかまえていた力がゆるんだ。
愛実はその手を振り払うと、急いで自転車に向かって走り出した。

「愛実ちゃん、後ろに乗って!」

(えっ? なんで私の名前を?)

一瞬とまどっていると、さらに続けて言った。
「しっかりつかまって!」

愛実は言われるままに夢中でしがみついた。
暗い人気のない裏通りをいくつか曲がって、ようやく明るい通りに出た。ぎゅっとしがみついていた指先がしびれてきた。

「ここまでくれば、もう大丈夫だろう」

コンビニの前まで来ると、自転車は速度を落とし停車した。

「あの、ありがとうござい…」
自転車を降りて礼を言いかけて、愛実は固まってしまった。

「広樹君?」

愛実の驚く様子に笑い顔をつくってみせた広樹は、さっと真面目な顔になった。

「なんであんなところにいたの?」
まるで帰りの遅くなった子どもを親が叱るような言い方だ。

「あの…、お母さんとケンカして…。それで…」
「なんだ、バッグひとつぶら下げて家出したっていうのか? しかもこんな近くの公園に」

「まったくしょうがないな」そう付け加えた口調には、いたずらをした妹を許す兄のような大らかさが感じられた。

「まあ、偶然通りかかってよかったよ」
そう言って、いつもの笑顔にもどった。

「ありがとう。怖かった…」
やっとの思いでそれだけ言うと、愛実は涙がこぼれそうになるのを我慢して下を向いてしまった。

「家まで送ってくよ」
うつむいたまま黙りこんでいる愛実を気遣って、広樹はやさしく肩をたたいた。
愛実はコクリとうなずくのが精一杯だった。

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