第2話 ひとりぼっちのリビング

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愛実めぐみは弁当と菓子袋でふくらんだコンビニのレジ袋をぶら下げて家に帰って来た。
ドアを開けると今夜も真っ暗で、シンと静まり返った玄関が待ち受けていた。

「お帰り」の声はない。
リビングや台所のあかりを順々に点けていき、最後にテレビのスイッチを入れた。

(別に、見たい番組なんてないけど。静かすぎるのはイヤ)

中学生の頃はドアを開ければ、夕食の美味しそうなにおいが玄関まで届いていた。

もうそんなことは望めないと分かっている。
それなのにひとりで家に帰る度、思い出しては落ち込んでしまう自分に嫌気がさして更に気が滅入る。
“~明日の天気予報をお伝えしました~”

誰も見ていないリビングのTVから気象予報士の愛想のいい声が聞こえてくる。
愛実はスナック菓子を口に放りこむと、三人掛けのソファにゴロンと寝転んだ。

(なんだか分からないけど、ものすごく疲れた。
今日のあれは、一体なんだったのだろうか…)

バリバリと音を立てて菓子を食べながら、さっきまでのことを思い返してみた。
知らない男と待ち合わせて、あてもなく街を歩き回り喫茶店に入ってジュースを飲んだ。
相手の話に適当にあいづちを打って、たまに笑ってみせたりしてそれでおしまい。
愛実は財布の中から、別れ際にその男から手渡された千円札を一枚ずつ取り出してテーブルの上に置いてみた。

何人の手を渡り歩いたのだろうか。
三枚ともすっかりカドがとれて見栄えが悪い。
まるで今の自分の心を見るようだった。

(たったあれだけのことで、本当にお金をもらっていいのかな。しかも、こんなにあっさりと。那美の言った通りだわ)
リリリリリ……。
「あれ、電話?」
(めずらしいな、固定電話にかけてくるなんて。誰だろう)
ふと時計に目をやると九時を過ぎている。

「はい、もしもし?」

「あ、お姉ちゃん? そっちに行く日にちなんだけど~。
来週の土曜日いい?」
「はあ?」

「あれ? もしもし? 牧原さんのお宅ですか?」
「あ、はい。牧原ですけど…」

「あ、もしかしてメグちゃん?!」

「は、はい…?」

「うそ~。やだー。久しぶりね~。香代かよですぅ~。
覚えてる? ごめん。てっきりお母さんだと思ったわ~。
あははは~」

(香代さん? …。あっ、お母さんの妹の…)
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「私、来月出産予定だから産休もらってそっちにしばらくお邪魔するからね。お母さんから聞いてると思うけど。よろしくね。メグちゃんに会うの楽しみだわ~」

「あ、はい。ありがとう…」
「ところで、お母さんは?」
「まだ帰っていないんです。いつものことだけど」
愛実は皮肉っぽく付け加えた。
(香代さんに言ってもしかたないか)

「そうなんだ…。相変わらず忙しいのね」

「香代さん、こっちにはいつまでいられるの?」

「あ、ごめんね。聞いてなかった? 生まれる直前までいさせてもらうことになったの」
「そうなんだ…」
「お世話になります! じゃあ、また電話するわね~」

受話器を置くと、幼い頃よく遊んでくれた香代の笑顔がよみがえってきた。
愛実が生まれた時、香代はまだ高校生だった。もともと子ども好きだったこともあって週末になると愛実の遊び相手をしてくれた。

(そういえば小さい頃は「お姉ちゃん」って呼んでいたんだっけ…。なつかしいな。香代さん、今度赤ちゃん生まれるんだ。お母さん何も言ってくれなかった…)

「えっと…、来週の土曜日か…」

壁にかかったカレンダーを指で追っていく。
(あれ、今日って―)
「私…今日、誕生日じゃない!」
さっきまで自分が座っていたソファを振り返った。

テーブルの上には散らかった菓子袋と三千円。
TVからは何がおかしいのか、みんなで大笑いしているバラエティー番組の音が空しく響いてくる。

香代の幸せに満ちた明るい話し声と、あまりにも対照的な愛実の現実が目の前に広がっている。
涙がこみ上げてきそうになるのをぐっとこらえた。

(こんなところに、ひとりでいたくない!)

愛実はケータイをつかむと、三千円を財布に押し込んで外に飛び出した。

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