私たちはなぜ生まれてきたのか

私たちはなぜ生まれてきたのか

 私たちは、なぜこの三次元に生まれてくるのでしょう。
 それは、霊界で何百年と修行したこと、それがほんとうの意味でわかったか試すために、それまでの記憶を消して、三次元に生まれてくるのです。そして、三次元に肉体をもち、しっかり実践できて、合格点をもらえたなら、霊界に戻ったときに、一つ上の次元へと戻ることができるのです。そのために私たちは転生輪廻しているということです。霊界にいるときには、波長同通(類は友を呼ぶ)の法則により、気の合う仲間同士で集まっているので、妙ないさかいもありません。けれども、ずっとそこにいては成長できないのです。だからこそ私たちは、この三次元に生まれ、さまざまな人と出会いながら、愛の学びを深めていくのです。そして、生まれてくるからには、自分で人生の計画を立ててきます。たとえば過去世に、「子どもなんか生まれて当然。ありがたくも何ともない。面倒みるの嫌だわ」と、邪険にした場合、今世子どもがほしくてもできないという人生を送り、その中で学ぶという場合もあります。逆に、子だくさんの人生を送る中で、子どもの大切さというものを認識するということもあります。どちらをとるか、どういう修行の段階を設定するか、それは自由意志なのです。
 人生の計画は、誰が強制したものでもなく、指導霊と相談しながら自分で決めてくるものです。どんな方と親子の縁を結ぶか、どんな環境に生まれてくるか、そして障害者としての肉体をもつかどうか、何歳になったら病気が出て、何歳になったら寿命を終えて帰ってくるか。すべては自分で計画したことであり、自己責任であるということです。
 ですから、子どもができないからとか、体に障害があるからとか、そういう表面的に出たことで苦しんだり、自分を責めたりしないでいただきたいなと思います。自分たちが、いちばんわかりやすい学びの対象として、自分で設定してきた人生です。
 どんなにつらいことであっても、神様は乗り越えられない試練は与えられません。ですから、神の愛を信じて、そのひとこまひとこまの中で、最大限愛をなして、励まし合って、頑張って生きていきたいと思うのです。

アマーリエ 集会レポートより