障害者の親としての尊い学び

障害者の親としての尊い学び

 たとえ身障者の子どもを授かったとしても、それを引き受けるとあなた方は約束をして出て来ているのですよと。身障者をお持ちになるお母様方、お父様方のご苦労をねぎらう気持ちとして、わたくしは申し上げたいのです。
 あえてそのようなたいへんな魂を、そういう方においても、ほとんど、たまに事故はございますけど、ほとんどの方が計画してお出になっているのです。そういうことを引き受ける親御さんは、たいへんな徳を積まれることになります。たいへんな学びをされることになります。
 忍耐というものを通して、真の愛が何であるかということを、体を持って学ぶのです。そのような尊い修行をなさられるために、尊い魂をあなた方は預かられている。そのような素晴らしい親御さんたちであるということを思うのならば、どんなに、たとえどのような確執があったとしても、そのような身障者だからといって、その、自分からその親であるということを放棄するような、そのような選択はしていただきたくないと思います。
 それはあなた方が計画して来たのですよと、それを申し上げたいのです。勇気がくじけることもあるでしょう。頑張れなくなるつらいときもあるでしょう。そういうときこそ、周りの方たちが助け合って、互いに励まし合って乗り越えていけるような、そういう社会をつくっていきたいと思います。
 弱き者が淘汰されるのではなくて、弱い者、力尽きた者がいるからこそ、みんなで励まし合って、活かし合って、慰め合って、愛し合って生きていく。それこそが神様が望まれておられる、愛の花園である地上ユートピアそのものの姿であるのです。強い者だけが生き残っていく、生きる価値があるなどと思われるのは、けっして神のお心ではないということです。
 そのさまざまな魂が修行する、この地上というものを通して、あなた方はご自分たちの魂を磨かれ、使命というものを見つけていくのです。

まんだらけ出版「オピニオンリーダーの女性霊」(レムリア・ルネッサンス著)
P199 マリア・テレジアからのメッセージ抜粋