悲しみや苦悩がなぜあるのか
やはり人は病んだとき、苦しいとき、その苦悩の中で神に出会うのです。あなたも医療系ならわかるでしょう。その時にこそ、神の声が聞こえるのです。
肉体はね、長く生きようと短く生きようと、逆に、ボロボロの体で長く生き続けることに意味があるとは思えない。地上でやるべきことが終わったならば、早くわたしたちの世界に帰ってきた方が、よっぽどその魂においては救いであり、幸福なことであると思うのだけれども、地上においては、このたかだか数十年の命がすべてであり、それにのみ長く生きることが幸せであり、延命することがその人の幸せであり、そのような間違った考え方が根づいているから、いたずらに人の臓器まで持ってきて、ほかの者たちの血液まで入れることによって、肉体だけを長く生きながらえさせようとする。そのような価値観から、もう抜け出ていかなくてはいけない。
でも、人びとは安逸に、安楽に生きているときには、神とはなかなか出会えないのです。
喜びがあり、悲しみがあり、苦悩がある。
悲しみや苦悩がなぜあるか。
それは、悲しみや苦悩を通して、人びとが人生の本来の意義、意味、そして、神と出会う瞬間を、チャンスをいただくという意味もあるのです。ですから、あなた方のようなお医者様がいるときに、わたしは申し上げたい。いたずらに長く生き、いたずらに苦悩を取り去ることよりも、その苦悩を通して、いかに内的に、内在する己自身の神の子の神性を通して、神と出会う瞬間を持つことができるか。霊的に、霊として目覚めるチャンスをいただけたか。そのために、病はあるのであると、悲しみはあるのであると、苦悩があるのであると、そのような引導を渡してあげられるような、それこそが、ほんとうのお医者様の務めであると思うのです。
きれい・ねっと 出版 (kindle版 レムリア・ルネッサンス出版)
「スピリチュアルメッセージ集30 ノストラダムス」(アマーリエ著) より抜粋